07 池上彰と考える『SDGs入門』 これからのSDGs、JICAと企業とのパートナーシップで進める社会変革

07 池上彰と考える『SDGs入門』 これからのSDGs、JICAと企業とのパートナーシップで進める社会変革

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聞き手:池上彰
JICA:(左から)
山下 英志 九州センター市民参加協力課 主任調査役
久保 英士 民間連携事業部 参事役兼計画・連携企画課 課長
佐伯 健 東南アジア・大洋州部東南アジア第五課兼計画・ASEAN連携課 企画役
西村 恵美子 人間開発部保健第二グループ保健第三チーム 企画役
(敬称略、以下同じ)

2015年9月に国連サミットでSDGsが採択されて以降、途上国支援における民間投資の役割が一層重視されるようになっています。国際協力機構(JICA)は企業とのパートナーシップを推進し、途上国の多様化する社会課題の解決に積極的に取り組んできました。企業にとっては、途上国のSDGsに取り組むことが大きなビジネスチャンスにつながっています。

そんな中、JICAの途上国支援のあり方はどう変わってきたでしょうか。民間連携はどうあるべきなのでしょうか。

池上彰と考える『SDGs入門』の最終回は、企業とのパートナーシップを推進してきた立場として、JICA職員の皆さんがこの変革をどう受け止め、どのようにリードしていくべきだと考えているのか、池上彰さんが聞きました。

JICAの最終目標は、自分たちの仕事がなくなること!?

池上彰氏写真

池上 JICAというと、途上国に援助をする組織というイメージがありますが、実際はそれだけではありませんね。特にSDGsの採択以降は民間連携を推進する役割も重視されています。

久保 JICAはこれまで、企業の活動を促進できるように、主に途上国の制度やインフラ整備などの面で後押ししてきました。SDGs採択以降は、より直接的に、途上国の発展につながる企業のビジネスを後押しする必要性が増し、現在までの取り組みに加え、力を入れています。企業が途上国で社会課題を解決する上での、いわば触媒としての役割を果たしたいと考えています。

久保 英士(くぼ・えいじ) 1996年、国際協力事業団(JICA)に就職。在イスラエル日本大使館出向、総務部、産業開発部、パレスチナ自治区事務所に駐在経験あり。国内事業部(中小企業海外展開支援担当)等を経て、2017年7月より現職。

例えば、私が赴任していたパレスチナ自治区では、現地の企業と一緒にヨルダン川西岸地区に農産物加工団地を整備し、国内外のビジネスを呼び込むためのプロジェクトが進んでいます。農産物に付加価値がつくだけでなく、近隣地域の間に経済的なつながりが生まれ、地域の安定にもつながることが期待できます。

ここには日本の電力マネジメントサービスを行う企業なども関係しています。JICAのプロジェクトはどうしても一定期間で終了し、その後は相手国の自律的発展に委ねるわけですが、政権交代などで計画が途切れてしまうこともあります。しかし、そこに民間ビジネスが育てば、ゴーイング・コンサーン(企業が将来にわたり継続していくという前提)で途上国への継続的な関与が期待できる。企業が入ることによる現地のメリットは大きいと思います。

池上 企業を招く際には、途上国の状況や課題を把握してもらう必要がありますね。そうした情報収集はJICAの得意とするところだと思いますが、話を持ちかける企業はどうやって探すのですか。

山下 英志(やました・ひでし) 2006年、国際協力機構(JICA)に就職。青年海外協力隊事務局、アフリカ部、エチオピア事務所(2010年11月から約3年半駐在)、国内事業部(中小企業海外展開支援)を経て、2014年5月より現職。

山下 私は九州で、途上国が抱える課題をビジネスで解決しようと海外展開を図る企業の発掘や事業形成の支援を行っています。各県における自治体や商工会議所、金融機関等の支援機関等から情報をいただき、海外展開に関心のある企業があれば実際に訪問しコンサルテーションをしながら一緒にビジネスプランを検討していきます。

例えば、浄水技術を持っている企業が漠然と「どこか水に困っているところに浄水技術を届けたい」と考えている場合、最初はアフリカや東南アジアの水事情など概況から情報提供し、製品・技術の強みや将来的な事業戦略も伺いながら、その企業事業展開しやすそうな地域・国を絞っていく。国が絞れてきたら、その国を担当する部署や現地事務所につなぐ。一歩一歩具体化させていきます。

企業との連携の中で重視していることはその企業の主体性です。将来にわたってビジネスを継続的に展開していくことはリスクも含め企業の経営判断となります。JICAはあくまでも支援者という立場であり、企業が持つ優れた製品・技術に加え、「やる気」や主体性は不可欠だと考えています。

海外展開に向けた準備やビジネスモデルの検討は外部からでも色々とサポートできますが、製品・技術や主体性はその企業独自のものですので、一番重視しています。

佐伯 健(さへき・たけし) 2005年、国際協力機構(JICA)に就職。地球環境部、資金協力業務部、パキスタン事務所、イギリス留学、企画部を経て、2017年10月より現職。

池上 なるほど。先ほどパレスチナ自治区のお話がありましたが、地域によってJICAの役割は違うのでしょうか。例えば、東南アジアではどうでしょう。

佐伯 私は東南アジアの中でも特にフィリピンのプロジェクトに携わっています。フィリピンは近年、所得が上がり、自分たちで資金調達ができるようになってきています。そうなると、おっしゃるようにJICAの役割も変わってきて、従来のように相手国政府に融資や贈与をして援助するだけではなく、現地での開発のために民間資金の呼び水となるような役割を担うことも求められています。例えば、企業に直接出資や融資をしたり、企業がフィリピンに進出できるような仕組みを作ったりすることが求められています。現地での開発を後押しすると同時に企業の進出を支援する段階に移っているという変化を感じます。

池上 援助対象国が「もう自分たちでやっていけますよ」となるのは、うれしいような、さびしいような、ですか(笑)。

佐伯 おっしゃる通りで、非常にうれしいことですね。半面、自分たちの仕事がなくなってしまう?とも(笑)。

池上 そうか、JICAの最終目標は、自分たちの仕事がなくなることか(笑)。

アジア各国は所得が向上するも、社会課題が多様化して山積

池上 でもまだまだ途上国には課題があって、仕事がなくなりそうにはありませんね。例えば、ベトナムも所得が上がってきていますが、どのような課題があるのでしょうか。

西村 恵美子(にしむら・えみこ) 2003年、国際協力事業団(JICA)に就職。総務部、人間開発部、米国国際開発庁(USAID)出向、タンザニア事務所(2009年より3年半駐在)、企画部等を経て、2015年9月より現職にて主にベトナムの保健事業を担当。

西村 ベトナムは中所得国となり、課題が多様化しています。子どもの数が減っている一方、医学の進歩で平均寿命が延びているので、日本よりも速いペースで高齢化が進んでいるんです。それに伴い、心疾患、がんといった生活習慣病も増えてきています。

池上 本当ですか。ベトナムは若い人がいっぱいいるようなイメージでしたが、生活習慣病も進んでいるんですか。

西村 はい。今では死因の約8割は生活習慣病に由来する疾患になっています。ですから、日本と共通の課題に対して一緒に学び合う段階に入っていると思っています。

池上 JICAはベトナム版の母子手帳も作っていますね。

西村 2010年から4年間ほどかけて取り組み、今はベトナムの8割以上の自治体で展開しています。ただ、ベトナムは地域格差が大きく、地域によっては母子保健や感染症の問題も依然として山積しています。特に少数民族が住む山岳地域には貧困層が多く、栄養不良の問題もあります。

池上 母子保健分野での企業連携はどのような状況ですか。

西村 購買力が上がっている都市部を中心に、いろいろな民間連携事業が立ち上がっていますし、相談も多く寄せられています。例えば、ベトナムは予防接種のワクチンを自国生産したいと長く希望していました。そこで日本の製薬企業にご協力いただいて、麻疹ワクチン、続いて麻疹風疹混合ワクチンの製造技術を移転するプロジェクトを実施し、今では自国で生産できるようになりました。ベトナムで生産したワクチンを、今後は海外へ輸出する計画もあるようです。

麻疹風疹混合ワクチン製造技術移転プロジェクトで、ベトナム人の研修風景

池上 日本でインフルエンザワクチンの自国生産が間に合わないとき、今は中国に頼っています。それがベトナムからも購入できるようになったとしたら「チャイナ+1」となり、日本のためにもなりますね。フィリピンも中所得国ですが、保健医療の分野での民間連携はどうでしょう。

佐伯 同じように生活習慣病が増えています。そこで日本の企業が慢性腎臓病患者向けに低たんぱく米を売り始めるなど、新たな課題に取り組む企業連携も盛んです。

多様なビジネスチャンス、民間連携には目利きが重要