07 池上彰と考える『SDGs入門』 これからのSDGs、JICAと企業とのパートナーシップで進める社会変革

07 池上彰と考える『SDGs入門』 これからのSDGs、JICAと企業とのパートナーシップで進める社会変革

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多様なビジネスチャンス、民間連携には目利きが重要

池上彰氏写真

池上 アフリカやイスラム圏ですと、また特有の課題があるのでしょうか。

山下 はい。私はエチオピアに赴任していたのですが、栄養不足の人口も4割近く、サブサハラ・アフリカ平均値も上回っていますし、天候状況による食料価格上昇が影響し多くの方が食料不足に直面することもありました。乳幼児死亡率や妊産婦死亡率も高い水準にあり、感染症対策も喫緊の課題としてありました。給水率や電化率もまだ5割ほど。特に農村地域ではいまだに電気や水道が十分に整っていません。エチオピアは広大な国土に人口が分散しているので、農村地域のインフラ状況では最終消費者まで届かないラストワンマイル問題を目の当たりにしました。こうした問題は他のアフリカの国でも見られるでしょう。ラストワンマイル問題は住民に直接サービスを届けることが得意な民間ビジネスと、政府開発援助(ODA)とが補完しあうことで解決できるのではないかと思います。

エチオピアの水技術機構(EWTI)での研修の様子。水道技術者の育成を行っている。

佐伯 私はフィリピンを担当する前はパキスタンに赴任していました。宗教上の違いや電力不足、治安もあまりよくないといったことから、日本企業は積極的には進出しにくく、当時現地には自動車関連企業など、限られていました。

JICAではそのような製造業の裾野産業の育成だけでなく、貧困地域の開発にも貢献できるようなビジネスも開拓していました。例えば、中国との国境に近い貧しい地域の生計向上を目指して、現地の特産品だったアプリコットの品質改善に取り組みました。付加価値をつけて何とか高価格帯で売れないかとビジネス展開を模索しました。今では、日本の商社が取り扱ってくれるようになり、日本の都内のパントリーや高級ドライフルーツ店で売られるようになりました。

池上 いいお話ですね。でも果物はドライにしちゃったんですね。

佐伯 生だと日本の輸入規制が厳しいんです。他にも生のまま輸出するには、多くの課題がありました。パキスタンのアプリコットは桃のように甘いので、すぐに傷んでしまいます。また、収穫時期が短いため、木から実が落ちてしまい、生産量の約40%を廃棄していました。さらに、ドライフルーツとはいえ、木の枝を剪定して風通しをよくしてあげないと、色が悪くなっています。伝統的な干し方では、虫もホコリもついてしまいます。このようなことを考えたときに、栽培、収穫、運搬、加工までのサプライチェーンすべてを改善することで、付加価値をつけることに成功し、輸出にまでつなげることができました。

アプリコット加工をデモンストレーションする日本人専門家と現地で従事する女性たち

池上 課題は貧困から生活習慣病まで様々で、また国や地域ごとに事情が異なるわけですね。したがって、その数だけ多様なビジネスチャンスがあるともいえます。

それにしても途上国の課題ごとに日本企業を結び付けていくのは、やはりご苦労があると思います。例えば、パレスチナ自治区と聞いただけで、企業は尻込みしませんか。

久保 私たちも、「この国でビジネスをしてくれ」とは言えません。「どうでしょうか」と問いかけるのが精一杯です。

民間と連携する上で難しいと感じるのは、公的機関として私たちがリスクをどの程度とれるのかの判断です。ビジネスには試行錯誤がつきものである中で、JICAの原資は税金ですから、これを無駄にはできません。そのため、優れた技術を持っていて、ぜひ途上国に進出して欲しいと思う企業があっても、本当にうまくいくのか、JICAの支援が終ったあとも事業を続けてくれるのかなど慎重に判断する必要があります。実際に途上国に進出して収益がある程度上がっても、「この利益率ではビジネスとして継続できない」と撤退されることもありますから。

池上 目利きが重要ですね。

久保 最終的には企業の本気度を見極めるのだと思っています。

パレスチナ自治区のジェリコ農産加工団地(JAIP)の予定地にて(左が久保氏)

パートナーシップを重視する日本流の支援に期待が高まる

池上 現在、アフリカをはじめとする途上国で、中国や新興国が大変な勢いで投資を進めています。そんな中で日本の存在感を示すには、どうしたらいいとお考えですか。

山下 やはり日本らしい、アフリカの主体性を尊重する、単なる援助ではなく対等のパートナーシップを生み出す事業が求められていると思います。今年8月末に横浜で開かれた第7回アフリカ開発会議(TICAD7)でも主要テーマとして掲げられていたSTI(Science、Technology、Innovation:科学技術イノベーション)は、アフリカの可能性を切り拓く鍵となるので、民間含め日本への期待が高い分野だと思います。

池上 TICAD7では、「日本からの投資や企業を受け入れたい」という言い方をアフリカの人たちがしていました。日本人はアフリカを貧しい国、援助が必要な国だと考えていますが、そういう意識も変えていかなくてはいけませんね。

山下 エチオピアに赴任していた時から、開発協力の取り組みを通じてアフリカ発のイノベーションを生み出したいと思っていました。それをいずれ日本に逆輸入する、いわゆるリバースイノベーションを実現するわけです。日本ではできなかったことをJICAも連携してアフリカ発で実現できれば、アフリカに対する意識も大きく変わるのではないかと思っています。「可能性がある国だ、イケてる国だ」とポジティブな見方が広がるでしょう。実際に、アフリカは先進国が歩んできた技術進展を飛び越えて一気に新しい技術が広まる「リープフロッグ」の場になっています。

JICA九州主催の企業向けセミナーにて(奥が山下氏)

池上 スマートフォンによる決済などは、日本よりずっと早く普及していますね。

山下 個人的には、生活インフラに関しても、リープフロッグが欲しいところです。既存のインフラモデルは人口が集中する都市向けに効率的ですが、アフリカの農村のように人口が分散している地域には費用対効果が合わず結果として整備が進みづらい状況です。従って、農村地域に適した新しい分散型のインフラモデルの必要性を感じています。 アフリカはまだ規制が厳しくはなく、新しい事業を試みやすい環境にあります。また、「日本製品」やこれまでの日本の取組みを通じて、幸いなことに日本人はアフリカ人から高い信頼を得ています。新しい事業を生み出したいと関心のある日本企業には、取り組みやすい環境だと思いますよ。

西村 私がタンザニアに駐在していた際にも「整理、整頓、清掃、清潔、躾」の頭文字をとった「5S・カイゼン」を通じて病院のサービスを向上させるプロジェクトが根づきつつありました。ベトナムでも、日本の医療技術への信頼は厚く、日本企業に大きな信頼と期待を寄せています。この分野への日本企業の進出が待たれています。

タンザニア事務所で現地スタッフと(右が西村氏)

保健医療分野にもモバイルネットワークをもっと活用できると思います。実際に保健情報をSMS(ショートメッセージサービス)で送受信するような取り組みができつつあります。今、保健医療分野では、SDGsのゴール3(健康と福祉)の中にも掲げられているように、すべての人が適切な保健医療サービスを受けられるユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)(※)の達成が重要なテーマになっています。保健医療機関から遠いところにいる人にスマホのアプリやSMSで保健情報を届けることができたら、サービスから取り残される人が減るのではないでしょうか。日本企業の取り組みに期待したいですね。

※ UHCとはユニバーサル・ヘルス・カバレッジの略語で「すべての人が、適切な健康増進、予防、治療、機能回復に関するサービスを支払い可能な費用で受けられること」を意味する。
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佐伯 日本では近年、高度経済成長期にできたインフラの老朽化が進み、一方で大規模な自然災害が発生することから、インフラの更新・強靭化が急がれています。これらはやがて途上国でも直面する問題です。日本国内で問題を解決してきた経験は強みになる。それを途上国で生かそうと考えれば、ビジネスチャンスは広がるのではないでしょうか。

ボリビアのプロジェクトで水道局のスタッフと(前列中央が佐伯氏)

池上 強靭性(レジリエンス)はSDGsの目標の一つでもありますね。ところで先ほどSTIという言葉が出ましたが、AI(人工知能)搭載の機器を使ったビジネスが、あちこちで登場しているようですね。

久保 バングラデシュでは、AIを使った健康診断ビジネスを展開している日本の企業があります。AIで健診データを解析し、病気のリスクの低い人には安価に健診サービスを提供するというもので、低所得層に健診を身近なものにすることを目指しています。国全体で見れば医療費削減に寄与します。

山下 熊本のある企業は、聴診器とAIを組み合わせて心音の解析結果を可視化し、診断の補助をする技術を開発しています。聴診器という医療器具は、発明されてから一度もイノベーションが起きていないそうで、完成したら初めてのイノベーションとなるのだそうです。

池上 面白いですね。今後も日本からいろいろな技術が生まれそうですね。

JICAでやってみたいこと、JICAがこれからやるべきことは何か