メーデーに想う

10 MAY 2000
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫

九州・沖縄サミットまであと2カ月弱になったが、私には欧州を中心にした気になる動きが一つある。それは多くの日本人がゴールデンウィークの“のんびりムード”に浸っていた5月1日、世界各地で行われた「メーデー」の催しで、資本主義や国際経済に抗議する反体制活動集団の動きが、ひときわ目立っていたことだ。

すでにテレビ、新聞などで報道されている通り、イギリスとドイツでは一部のデモ隊が過激化、機動隊と衝突して逮捕者が出る騒ぎだった。特にイギリスでは反資本主義をスローガンとするアナーキストがハンバーガー店「マクドナルド」を資本主義の象徴として破壊行為に及んだ。こちらは日本のマスコミではあまり報道されなかったようだが、アメリカでも反資本主義者たちがニューヨークやシカゴの証券取引所にデモをかけ、資本主義を誹謗するシュプレヒコールを叫び続けた。このデモは厳しい警備のため、過激化することはなかったが、アメリカでも同じような反資本主義の動きが活発になっていることを知らされた。また、トルコでも国際通貨基金(IMF)を批判する平和的抗議活動があったことが報告されている。

今年の過激なメーデーの底流には、生き残りのために弱肉強食の傾向がいっそう強まっている情報技術革命下の資本主義、国際経済への反発、それに伴って国内、国際社会域内でも拡大している貧富の格差に対する不満などがあるのだろう。それはそうとして一連のデモのニュースを聞いて私が心配しているのは、これらのアナーキストが沖縄サミットに関与してくることだ。過激派に踏み込まれる心配があるのは、イギリスあたりがサミットの場でまた蒸し返しそうな雰囲気にある重債務貧困国(HIPCs)の債務救済問題だろう。HIPCsへの債務救済については欧州のキリスト教の関係者やNGOらが2000年というキリスト教の大聖年に合わせキャンペーンを繰り広げているが、今年のサミット議長国であり、最大の債権国、さらに欧米式の債務帳消し方式を採用しない日本を標的に、時に独善的、過激な日本政府攻撃を繰り返している。こうした運動と世界秩序破壊を狙うアナーキストの動きが沖縄で連動する可能性がないこともない。

貧困国の債務救済に対して日本政府は、以前から深い関心を寄せ実施してきた。日本が探っている債務救済方式は、債務を帳消しにはせず、貸した資金を一旦返済してもらった後、同額の資金を贈与する債務救済無償資金協力という方式だ。この方式は、一時的にでも債務国が資金を返済する努力を行うため、相手国の自助努力を促すほか、その後に贈与した資金の使途を社会開発分野などに限定することが出来るなどの点で、単純に帳消しにしてしまうより効果がある。さらに、昨年のケルン・サミットで90%の削減で合意した非ODA債権についても政府は最近、100%削減という追加的救済措置を公表しており、HIPCs救済問題で日本が標的にされる理由は全くない。それでも、キャンペーンが日本だけを狙うのなら、真の意図は貧しい人たちの救済ではなく、メーデーのデモと同じように他の政治的目的があるとしか私には思えない。

昨年末、シアトルで開かれた世界貿易機関(WTO)の閣僚会議がNGOや労働組合のデモによって妨害されたことは記憶に新しい。「米政府も会議に出席した各国の代表もNGOや労組員の意見を聞く用意は十分にあり、実際に事前に彼らと会議を開いて意見を聞いていた。会議場の外で暴れて会議の進行を遅らせたのは、NGOや労組の本当の代表ではなく単なる騒ぎ屋たちだった」と、シアトル会議に出席した外務省幹部が先日、私に話していた。マスコミはとかく過激派のパフォーマンスに目を奪われがちだが、その主張の整合性はあるのか、騒いでいるのは誰で、何が目的なのか、など冷静な目で見て分析しなければならない。杞憂に終わることを祈るが、もし、沖縄サミットで不可思議なHIPCs救済キャンペーンを展開され たなら、メディアの確かな目がますます重要になってくる。