シニア海外ボランティアの心意気

06 JUN 2000
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫

先日、JICAのセミナーに基調講演者として来られた明石康・元国連事務次長と、開会前に雑談をしていたら、明石さんが突然「シニア海外ボランティアというのは、何歳まで受け入れてくれるんですかね」と尋ねられた。「たしか69歳までです」とお答えすると「じゃー、私もまだ、大丈夫だ」と言ってニッコリ笑って演壇に向かわれた。

その時、「シニア海外ボランティアも、ついに明石さんに認識されるまでになったか」と思ったものだが、最近は、私の友人たちからもシニア海外ボランティアのことについて聞かれる機会が多くなった。それだけ、シニア海外ボランティアに対する世間の関心が高くなっている証拠なのだろう。

この制度についてまだ、詳しく知らない人もいるだろうから、ここで簡単に紹介したい。シニア海外ボランティアは、中高年層が持つ豊富な経験・技術と知識を開発途上国の経済開発に役立ててもらおうと1990年度に外務省とJICAによって制度化された事業だ。参加資格者は40歳から69歳(派遣時)の日本国籍保有者で、開発途上国の経済社会発展に寄与できる知識、経験を持つ人となっている。派遣されると、相手国の公的機関に所属しながら指導、助言、調査などの仕事を担当する。

要請が多い専門分野は科学・工業技術、農村・地域開発、教育など。派遣期間は、原則1〜2年。派遣国の経済事情によって異なるが、期間中は月額、21万円から35万円の在勤手当てが支給され、往復旅費、家族手当、住宅手当なども支給されるというから、まあ、かなりの好条件だ。

最初の派遣年度、91年度の新規派遣者数は12人(うち女性3人)だったが、人気はウナギ上りで、99年度の新規派遣者数は87人(うち女性10人)。要請件数も91年度の30件から99年度には243件に急増、派遣国も91年度の2カ国から99年度には15カ国に増えている。これまでの派遣者合計数は383人(うち女性68人)。年齢層では、60歳から64歳が一番多く全体の33%、次いで65歳から69歳(同20%)と熟年層の活躍が目立っている。内外からの好評を受け、2000年度からはこれまでの派遣定員枠100を一気に4倍の400に拡大してさらに多くのシニアが海外に派遣される。5月20日に今年度の応募が締め切られたが、900人近い応募があったという。発足以来ここまで、順風満帆という感じできたシニア海外ボランティアだったが、5月26日にヨルダンで現地に派遣されたばかりのシニア海外ボランティア4人が死亡するという悲惨な交通事故が起きた。どの方も、希望に燃えた新人生を目前にしての死だった。まだ働き盛りの一家の柱を失ったご遺族の方の心中は察するに余りある。私からも哀悼の意を表したい。

この事故については多くのマスコミがトップニュースにするなど大きく取り扱ったが、JICAなどの危機管理の甘さを指摘する批判的な記事は見えなかった。十分な海外と社会の経験を持つシニアたちの自由時間の行動までを青年海外協力隊員たちと同じように厳しいものにせよ、というのは失礼にもなるし、途上国での交通事故には不可抗力の一面もある。新聞、テレビが第二のボランティア人生のスタート台で死んでいった人たちに同情を寄せる論調だったのは、当然と言えば当然のことだろう。

この事故のためにシニア海外ボランティアの存在が一層、国民に知られる結果にもなったが、私はシニア海外ボランティアが「中年層には厳しすぎる危険と背中合わせの仕事」というイメージをもたれることを危惧している。確かに途上国における経済協力の仕事を「100%安全」ということはできない。しかし、常に1万人前後の数の政府の経済協力事業関係者、NGOらが途上国で元気に活躍している事実の方をもっと知ってもらいたいと思う。

今年3月、南太平洋を取材したおり、多くのすばらしいシニア海外ボランティアの方々にお会いした。サモアで会った60代の女性は国立サモア大学で日本語教師としていきいきと生活していた。彼女はシニア海外ボランティアの仕事がすっかり好きになり、サモアは2度目の派遣国だと言っていた。「もっと、もっと、この仕事をやりたい」という彼女の顔は正直に言って40代にしか見えなかった。

フィジーで会った50代の男性は、首都スバの病院で医療機械の修理などの技術指導をしていたが「海外でボランティアの仕事がしたくて、3度目の挑戦でやっとシニア海外ボランティアに合格した」と顔をほころばせていた。勤めていた会社を辞めることに反対だったという奥さんも、今ではフィジーの生活がすっかり気に入り、二人そろって第二の人生真っ盛りという印象だった。

以前に訪問したマレーシアやインドネシアでも何人かのシニア海外ボランティアの方に会ったことがある。その方たちの話の中で印象的だったのは「シニア海外ボランティアのことをまるで高齢者雇用やリストラ対策の事業と思っている日本人がいる。でも、私たちにはそんな気持ちはまったくない。私たちは自分たちが持つ知識と経験を途上国の開発に役立てたいから来ているのです」という言葉だった。

世界に散らばるシニア海外ボランティアたちが今回の4人の犠牲を乗り越えて今後一層の活躍をすることが、仲間への最大の供養になるだろう。

自分へのエールもこめて。

「ガンバレ熟年パワー」