成長が楽しみな2万人が蒔いた種

05 JUL 2000
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫

2万人目の青年海外協力隊(JOCV)隊員が間もなく誕生するという。

このニュースを聞いて私のJOCV関係のファイルを開いてみたら、1965年度の第一次隊員たちが写った古い白黒写真が出てきた。お世辞にもあまり仕立てが良いとは言えない、よれよれの揃いのブレザーを着た青年や支援者たち、36人の表情は実に明るい。そしてみんなかっこうが良い。海外渡航が、まだ一部の人のものだったあの時代にすでに海外に目が向いていた青年たちだから、当時の平均的な日本人青年よりアカ抜けしていたのかな——などと想像してしまう。この中から最初の隊員5人がその年のクリスマス・イブの日にラオスに向かったのだ(第一次隊員は男性24人、女性2人だった)。

途上国の庶民の生活の中に飛び込んで、献身的な草の根協力に徹する隊員たちは、たちまち高い評価を受け、以後、派遣される隊員の数は増え続けた。93年度以降は毎年千人を超える新規隊員(任期は2年)が派遣されており、前年度の派遣の隊員と合わせると常時、2,000以上の隊員が世界の途上国で日本の顔が見える国際協力の担い手となって活躍している。

6月5日現在の統計によるとこれまでに派遣取極が締結された国の数は72カ国、派遣実績がある国は68カ国におよぶ。そして、今月上旬に派遣される平成 12年度第一次隊員442名を加えて協力隊員の累積派遣数が2万人を超えることになるのだ。年とともに女性隊員の比率が高くなっており(昨年は女性が全体の50%を超えた)、最近では日本語教師など教育・文化部門が28.8%でトップ、続いて農林・水産部門(28.2%)、自動車や電気製品の操作作業などを教える保守操作部門(14.9%)の順だ。

2万人ともなると私も相当数の現役隊員、隊員OB/OGの顔を知っている。まず、お膝元のJICAに数多くのOBがいるし、地元を訪ねれば、地域の国際化の核となっている多くの人が協力隊OB/OGだ。NGO活動のリーダーにもOB/OGが多い。現役時代に現場で会った隊員がいつの日にか日本のNGOのリーダーとなっていて別の国で再会したという経験もある。

任地で会った隊員たちの顔は、今でも鮮明に思い出す。数十キロ以内にまったく日本人がいないという奥地で一人だけで村の女性に農業技術を教えていた女性隊員、外部の人間に非常な警戒心を持つ先住民の村で、まるで親類のように親しまれていた保健衛生の女性隊員、先任の隊員と協力して村人の夢だった橋を架けてしまった土木施工の男性隊員、音楽好きの地元住民のため、せっかくの休日を利用して得意の楽器の演奏をサービスしていた女性隊員たち——思い出は、枚挙にいとまがないほどだ。村人の多くが数年前に帰国した隊員の名前を覚えていて「ヤスオは元気か」とか「ヨシコはどうしている」と、たまたま村を訪問した私が質問攻めにあったこともしばしばあった。そんな時、姿を見たこともない隊員たちが残した業績の大きさを改めて感じさせられたものだ。青年海外協力隊は設立時のモデルとされたアメリカの平和部隊やカナダのカナダ大学海外奉仕会(CUSO)を越え、今や日本ばかりか世界の代表的な青年の国際協力活動になっている。いくつかの新聞で今回のJOCV隊員が2万人を超えたという小さな記事を読んだ。記事は小さかったが、これは日本の国際協力にとって非常に意義のある大きな出来事だったと私は思っている。2万人の隊員たちが世界に蒔いた国際協力の種が今後どこまで大きくなり、結実するのか、それが楽しみだ。