25 JUL 2000
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫
中央官庁のキャリア官僚が、JICAや日本貿易振興会(JETRO)など特殊法人が持つ海外長期研修制度を優先的に使用して留学していると7月8日付けの朝日新聞東京版が「検証」面で大きく報道していた(大阪版は6月29日に掲載)。
公的資金を使った官僚の留学問題としては、1997年、大蔵省が日本政府の拠出によって世界銀行などに設置されていた奨学金制度を利用、自省の官僚を先進国に留学させていたことがワシントンで露呈、マスコミで批判されたことを思い出す。朝日は昨年3月にもJICAの海外長期研修制度に中央省庁の官僚だけを対象にしたODA留学の特別枠があると批判していた。
今回の記事は、昨年3月の記事の延長線上にあるものと受け止められ、JICA、JETRO以外にも石油公団、金属鉱業事業団の4特殊法人が持つ海外研修制度を官僚が優先利用しているとしていた。事実がこの記事の通りならタックスペイヤーとしてまったく許せない話だが、私が知る限りでは、少なくともJICA のくだりには、取材者に一部誤解があったのではないかと思われるもので、本欄でその部分を明らかにしたい。
この記事に首を傾げたくなる最大の問題点は、本記の中頃にある「JICAは…官僚の特別枠を撤廃する考えはない」というくだりと、右上の小さな解説記事のような欄の後半にある「JICAは民間人らの一般公募以外に、官僚向け『特別枠』をつくって試験を別に実施」とある部分だ。
実際のJICAの海外長期研修制度の選考試験に官僚向けの特別枠は存在せず、従って当然ながら別の試験も行われていない。
同じ解説記事の最後に「留学費用は政府の途上国援助(ODA)予算や特別会計の交付金などで賄われているが、役所も法人もこうした制度を一般に公表したことはなかった」とあるが、これも誤解ではないか。
もちろん、JICAは各省庁に留学生の応募のとりまとめを依頼するが、同時に大学、主要なNGOにも応募のとりまとめを依頼し、JICAのホームページや国際協力専門誌にも同じ募集要項を掲載している。言葉じりを捕らえるようで申し訳ないが、この記述の10行前にある“民間人らの一般公募”というのは、公表ではないのだろうか。何をもって公表というのか、意味不明の文章でもある。
本記の最初にある「(留学は)特殊法人側にはっきりしたメリットがない」という記述にも異論がある。JICAにとってプロジェクトを遂行するにあたり、官僚は重要な人材供給源であり、各省庁内に国際協力業務に通じた予備軍を養成しておくことは円滑なODAの実施上欠かせない。官僚を留学させることはメリットがないことではないのだ。
JICAは3月の朝日の批判を受けてその後、審査・派遣制度に改善を加えている。その点は朝日の記事も掲載しているが、主な改正点は「帰国後、国際協力業務に参加させるよう協力する誓約書の提出」、「隔年の国際協力業務への参加状況追跡調査」、「TOEFL550点以上の義務付け」、「先進国に留学した留学生への途上国におけるフィールドワークの奨励」などだ。存在しない特別枠を「ある」と批判され、こうした改善点についてはほとんど論評せず、表の中に収めてしまう編集のやり方に不満を持つのは私だけだろうか。
最後に一連の朝日の記事にひとこと付け加えたいことがある。昨年3月の記事もそうだったが、将来、ODAに絡んだ国際協力業務に就くはずの官僚が先進国に留学することを非難がましく言っていることだ。
現在、開発協力に関係する研究は欧米の大学・研究機関が一歩も二歩もリードしており、開発問題を学ぼうとする日本人の多くはイギリスやアメリカ、カナダの大学に留学せざるを得ない状況にある。国際協力関係の業務に就く予定の官僚が欧米の大学で学ぶのは、少しもおかしなことではない。これらの記事の筆者はこうした事実を知っているのだろうか。