サミットでJICAに課せられた新たな責務

03 AUG 2000
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫

ホスト国の首相が交代したり、中東和平交渉の難航からクリントン大統領の到着が遅れるなど、開幕前はヒヤヒヤさせられる場面も多かった沖縄サミットだったが、何とか無事に終了した。沖縄という地域をちょっと意識し過ぎたサミットという印象もあるが、閉会して数日たってからG8コミュニケなどを読み返してみると「解決の具体策には欠けるが、とにかく議題にすべきことは一応、話した」というのが正直な評価だ。もっとも、声名を単なる言葉のサービスとしないためには、今後、フォローアップする実務者たちの気の遠くなるほど大きな努力が必要になってくることも確実だ。

私には、今回のサミットでは、特にJICAに重いテーマが課せられたように見える。それはなぜかというと、G8コミュニケに「情報通信技術(IT)が提供する機会は万人に開かれていなければならない」と、デジタル・ディバイド解消に向けた先進国の取り組みが謳われていることや、生命科学について「バイオテクノロジーと食品の安全のために開発途上国のキャパシティ・ビルディングに対する支援を強化し、これらの国々の状況に適応した技術開発を奨励する」ことなど、近い将来、必ずJICAの技術協力の主要分野になるテーマが“宿題”としていくつも盛り込まれているからだ。IT、バイオだけでなく、コミュニケの生命科学の項で「多数国間の協力に基づいたゲノムの機能解析は重要」などと述べられているヒトゲノムの問題もいずれは日本の技術協力の新たな対象になってくるに違いない。

サミットの前日に開かれた森首相らサミット参加の首脳と途上国代表の会議でも、ODAの重要性が確認され、情報格差是正のための作業部会の設置や感染症撲滅への具体目標の設定などが議論された。

JICAもこうした時代の到来に備えてIT分野などの協力法をすでに模索しており、来年度予算要求においてもITを活用した事業の展開を柱にする方針だという。今、JICAが自分たちが取り組むべきIT分野の課題として挙げているのは(1)デジタル・ディバイド縮小のために途上国のIT利用促進への協力、(2)ITを活用することによる教育、研修人材育成事業、(3)IT活用によるJICA事業実施体制の改善—などだ。具体的には、UNDP(国連開発計画)と連携し、ITを活用して太平洋島嶼国の人材育成を目指す「太平洋IT支援構想」、国内の大学、JICA沖縄国際センターなどを発信元として日本語教育などの研修教材を配信することが検討されている。

コミュニケではどちらかというと楽天的にとらえられている先端技術の国際協力だが、途上国の中には、ITどころかテレビやラジオ、紙にプリントされた活字の情報にもアクセスすることができない人の方が多い国がある。そのもっと以前の段階として字が読めない人たちが多数存在する国も多い。日本をはじめとする先進国の経済援助がこうした後発開発途上国の人たちの救済を積み残して最新技術分野に比重を移していってしまうことには反対だ。だが、ASEANや中南米諸国のように最新技術を受け入れる土壌がある国に日本が積極的な技術協力を行うことは大いに推奨したい。

デジタル・ディバイド縮小などのための技術協力といっても、実際は東京のオフィスで考えているほど簡単ではないことは自明だ。新分野への技術協力は、JICAが設立以来続けてきた援助のフィールドから一歩も二歩も踏み出す新たな領域になる。過去の日本の技術協力が培った知識と技術移転のノウハウがそのまま通用するとは思えず、大げさに言えばJICAの技術協力は、未知の分野に踏み込まざるを得ない状況に立たされる。

そのうえ、アメリカが最新技術の独占に虎視眈々としている中で、JICAはどのような方法で途上国にITなどの最新技術を移転してゆくのだろうか。日本は「5年間で総額150億ドル」という莫大な資金を使って情報格差是正に乗り出すことを表明(7月22日付け読売新聞など)しているというが、一部のビジネスマンが危惧しているようにアメリカには都合がよいソフトシステムを日本の経済協力という名前で世界中にセットアップしてゆくのを手助けするだけのことになるのではないか、という心配も出てくる。

「言葉のみ踊ったサミット」(7月24日、朝日新聞)の記事が指摘したように、IT格差縮小にしても重債務貧困国(HIPCs)の債務救済の問題にしても、行動は伴わずに言葉だけが踊ったサミットでは開催の意味がない。大変な苦労にはなるが、これから日本をはじめとする主要援助国の努力と、JICAなど援助実施機関の実効ある仕事がこうした批判を杞憂に終わらせる行動になると期待している。