—特別編 ブエノスアイレス発— 現地で実感した協力の難しさ

12 OCT 2000
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫

9月30日から10月17日まで、ブラジル、アルゼンチン、チリの南米3カ国を旅している。旅の目的は民主化支援のための調査で、過去10年、軍事政権の国家から民主国家への転身を進めている3カ国の言論の自由がどの程度まで守られているのか、を当地のジャーナリストたちに会って話を聞いているのだ。

その結果については後日、またこのコラムでも紹介したいと思っているが、ブラジルで技術協力の難しさを痛感させられる二つの話を聞いた。

私がブラジルに着いた10月1日はたまたま、日本の統一地方選に当たる全国の市長、市議選の投票日だった。陽気なブラジル人らしく、日本ではたちまち選挙違反で捕まってしまいそうな派手な選挙戦が繰り広げられたというが、開票は順調に行われ、新市長、新市議らが各地に誕生していた。(トップの市長候補者の得票が51%に達しなかった市では10月29日に決戦投票が実施される)

ブラジル最初の訪問地はアマゾン流域のほぼ中央に拓かれたマナオス市で、ここでアマゾン地域の森林保全と荒廃地回復のために98年10月からJICAが協力している「ジャカランダ・プロジェクト」の現場を訪れた。ほんの“入り口”だったが、アマゾンの熱帯雨林に足を踏み入れたのは初めてで、4、50メートルもの高さに達するさまざまな種類の樹木と、それにからみつく太さ10センチにもなるつる類が赤道直下の太陽の陽射しを遮り、昼なお暗く、湿った生暖かい空気が充満するジャングルの中は、地球の命を守る心臓部のようにも見えた。

60年代からアマゾン流域の森林破壊は急速に進み、失われた森林面積は88年には全森林面積の1割以上にもなったという。それだけに、地球の生命線を守るこのプロジェクトの成果には世界中からの期待も大きいはずだ。驚いたのは、こうした地球の未来がかかっているお膝元では、地球環境保全にあまり関心がないことだった。今回のマナオス市の市長選に立候補した政治家の誰一人としてアマゾンの環境保護を公約にした人はなく、むしろ開発を公約にする人がほとんどだったという。決戦投票を争う前、現市長の2人も開発優先で、どちらが勝ってもアマゾンの開発は避けられないようだ。

以前、中国で取材した時、政府高官に環境問題について尋ねると、「家も建てていないのに庭をつくる人はいません」と一笑に付されたことがある。マナオス市においても状況は同じようで、まず、自分たちの生活の向上が優先されている。北の人間が際限なく続けている地球環境破壊のつけを自分たちだけが支払う必要はないということだろう。

その気持ちもよくわかる。それだけにこうした日本の裏側の地にまでやってきて猛暑の中、熱帯病とも戦いながら技術協力に汗を流すJICAの人たちの苦労が痛いほど感じられる現地のムードだった。

もう一つの現実は、ブラジル東北部セアラ州のフォルタレーザ市で見た。この南大西洋に面した美しい海岸線を持つ町では、「光のプロジェクト」と呼ばれる母子保健サービスの質の向上をめざすJICAのプロジェクトが実施されていた。ブラジルは中進国であるから、出産に関しても後発の開発途上国に見られるような劣悪な医療現場はほとんど見られない。当プロジェクトでは、あまり必要のない帝王切開など出産で過度の医療介入を排除、「安全で人間的な出産と出生」をコンセプトにした技術協力が行われていた。

それまで番号だけで呼ばれていた妊婦を名前で呼ぶようにしたり、下半身がドアに向いていた分娩室のベッドの位置を逆にして、突然入ってきた人にすぐには出産の現場が見えないようにするなど、まさに人間らしい配慮に基づく数々の改善がなされていた。

ここで聞いた話も技術協力の難しさを改めて感じるものだった。今回の選挙ではプロジェクトのパイロット事業があるイタイサーバ市の現職市長が落選、新市長が誕生した。ブラジルは政権の交代と共に行政スタッフも代わるいわゆるポリティカル・アポイントメントが下部の行政官にも及ぶことが多い。

イタイサーバ市でも市長交代による人事異動が予想され、せっかくプロジェクトの良き理解者で重要なパートナーとなっていた人の中にも退職、転職を余儀なくされる人が出てくるというのだ。「また新しいパートナーと一から出直すことになればプロジェクトの効率を下げることにもなる。転職する人は新しい職場で、ここで得た技術を生かしてくれるとは思うが残念です」と、日本人の専門家たちは肩を落としていた。

以上の二つの話は決してブラジルだけでの問題ではない。われわれが経済援助を行っている相手国のほとんどに共通して存在する問題でもある。ODAに対しては何かと厳しい批判がある。こうした普通では目に見えにくいODAの難しさに対してどうやって国民の理解を深めてゆくか、今後の経済協力の一つの課題でもあるだろう。