06 DEC. 2000
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫
11月28日、東京・市谷の国際協力事業団(JICA)の国際協力総合研修所で、国連人口基金(UNFPA)のナフィス・サディック事務局長の講演会が行われたので傍聴しに行った。
サディック事務局長は植民地時代の英領インドで生まれたパキスタン国籍の医学博士だ。パキスタン中央家族計画評議会委員長を経て、71年からUNFPAに勤務、77年に事務局長候補、87年に事務局長に就任した。サディックさんが事務局長になった後から、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の緒方貞子高等弁務官や、国連児童基金(UNICEF)のキャロル・ベラミー事務局長など、国連機関に女性のトップが出現しているが、サディックさんは最初の女性国連機関のトップでもある。また、家族計画、人口分野の世界のオピニオンリーダーとしても高名な女性だ。
サディック事務局長は講演で、過去30 年の世界の人口政策は概ね成功であったが、人口60億時代を迎えて、グローバル化した世界の貧富の格差はいっそう拡大しており、世界約10億の非識字者の 3分の2が女性であることや、いまなお世界で3億5千万人もの女性が安全な避妊にアクセスできない現状などを訴え、94年のカイロ国際人口開発会議 (ICPD)で採択された行動計画の実現の必要性をアピールし、会場の多くの参加者の共感を呼んでいた。
私はこうした話と同時に、サディック事務局長が人間の開発・安全保障の分野における日本の協力が大きな成果をあげており、いかに重要なことかについても再三、言及していたことが印象に残った。そこで、講演が終わった後、会場からの質問が受け付けられた際、自民党の亀井政務調査会長が来年度政府開発援助 (ODA)予算の三割削減を提案していることについて国際機関のトップとしてどう思っているのか、また、それを回避するいいアイデアはないものかと質問してみた。
UNFPAに対して日本はかつて最大のドナーだったが、最近、オランダやイギリスが任意拠出金を増やしているため、日本は最大のドナーの座からは降りている。こうしたことからサディック事務局長も日本国内の国際協力に対する意欲減退ムードを気にしているのか、私の質問に対し、得たりとばかりに心強い回答をくれた。
ここでは要旨を書くと「日本国内に国際機関への分担金を減額しようという議論があることは私も承知している。しかし、その節約する額は小さく、国際社会から受ける悪い影響は多大だ。そうした流れに対して関係者はぜひ、上手に対応して削減を図る政治家たちを説得しなければならない」とODA予算削減の動きに警戒感を示し、「政治家たちに日本の国際協力の重要性を理解してもらうためには、国際システムにおける日本が果たしている役割と責任の大きさ、日本の国際協力策がどれだけ効果を生んでいるのか知ってもらうことが必要だ。さらに、それをまず日本人自身が自覚しなければならない」という。
また、「たとえば、日本政府および国連などの共催により、これまで2回にわたって東京で開催されたアフリカ開発会議(TICAD)で話し合われたことは、今ではアフリカ開発ばかりか開発途上国の開発における人権、経済政策の国際的指針となっている。また、東南アジアにおける日本の開発援助政策は持続的な経済成長、人材育成分野などで大きな成功を収めた。こうした日本の援助政策の成果をもっと広く政治家や国民に知らせることが国際協力予算を削減しようという動きを牽制することになる」ともいっていた。
サディック事務局長の話は亀井提案が出た後、まさに私も考えていたことだが、こうした高名な国際機関のトップから直接言われると、いっそう意を強くする思いだ。政治家ばかりか、日本人自身がどれだけ日本の国際援助が世界に貢献しているのか理解していない人が多い。今や世界のシステムの中に重要なファクターとして組み込まれている日本の国際協力予算が削られるとなると、世界の貧困層にどれだけ大きな影響を与え、われわれはどれだけ大きな財産を失うのか自覚しなければならない。
予算は数字の出し入れの問題ではなく, たまたま数字になって表れているが、国の政策を社会に示すものだ。数字の裏に隠れがちな人間社会の営みに重点を置いた予算づくりをしてもらいたいとつくづく思う。