22 MAR. 2001
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫
18日から4日間の森総理の訪米も終わり、ワシントンでは日米同時株安を受けた政策協調、日本経済の回復、不良債権処理、日米安保の問題などが話し合われた。混迷する日本政府も遅れ馳せながらアメリカの新政権との対話を始めたという感じだ。短い日程内で行われる日米首脳会談の主題が緊急の経済対策、そして安全保障問題となるのは仕方のないことだが、私の個人的な関心からいえば、ブッシュ政権下の対外経済協力政策、援助分野での日米協調はどうなるのか、その辺のことも少し話し合ってもらいたかった。
クリントン政権が誕生してから冷戦構造終焉後のアメリカの対外政策として掲げた援助方針は、対エジプト援助など安全保障上の視点からの戦略的援助以外は、草の根レベルの援助に焦点を当て、民主主義の育成、基礎医療の拡充、環境保全といった人道的援助の色が強いものだったように思う。
また、クリントン時代には、米国国際開発援助庁(USAID)を含む、対外活動関連機関の統廃合も議論された。結局、軍備管理・軍縮庁などは国務省に統合されたが、USAIDは独自の予算を持つ独立機関としての座をどうにか守っている。しかし、それまで大統領に直接、業務報告をする立場だったUSAID長官のポストは、国務長官報告に格下げされ、国務長官の指示を受けるなど国務省が影響力を強めている。ということは、アメリカの経済協力実施機関の独立した力は大きく削減されたということだ。
クリントン政権下の援助政策の後退には上下両院で過半数を有していた共和党の意向も強く反映されている。2002年までの均衡予算達成を掲げている共和党は、対外援助予算の分野でも一貫して削減を求めてきた。こうした背景から過去4年、アメリカの対外援助予算は頭打ちの状態が続いており、ODAの97年の対GNP比実施額は0.1%を下回り、DAC加盟国21カ国中、最下位になっている。(ちなみに同年の日本のODA対GNP比は0.28%で12位だった。)
さて、ブッシュ新政権下のアメリカの対外援助政策に大きな変化は起きるのだろうか。少なくとも予算の分野では共和党の大命題である均衡予算達成の方向に変わりはないのだから大幅増ということは絶対になく、従来通り削減、または頭打ちの状態が続くことは間違いない。
問題は援助方針がどうなるかということだろう。USAIDに近い私のアメリカの友人は「極端に人道援助を削減するということはないが、欧州の社会民主政権が描く人道主義的というか、NGO的色合いが濃い経済援助は薄まると思う」という。援助の世界にもアメリカの政治、安全保障上の観点が色濃く出される戦略援助が主流になってくるというのだ。
同じ友人がアメリカのホームページなどで流されているブッシュ・アドミニストレーションから波及する政治色の強い人事、いわゆるポリティカル・アポイントメント情報として、次期世界銀行総裁候補にジェームズ・ベーカー元国務、財務長官の名がかなり前から挙がっているといっていた。もともとオーストラリア出身でNGOの経験もあるジェームズ・ウォルフェンソン現総裁は、前任のプレストン総裁やコナブル総裁とは一線を画した政策をとっており、人道色が強い。ウォルフェンソン総裁が就任したときにインタビューをしたことがあるが、そのとき「経済インフラの整備支援と人道的支援は世銀の両輪であり、2つの車輪をバランスよく進めていかなければならない」と話していた。だが、その後、私にはウォルフェンソン総裁は経済インフラ分野を避け、少しずつ人道援助に傾斜しているように見えた。特に最近の貧困削減戦略ペーパー(PRSP)の遂行ぶりなどを見ていると「世銀も変わってきたのかな」と思うことがある。
ウォルフェンソン総裁は共和党政権になっても続投するのかもしれないが、仮にベーカー元国務長官が世銀の総裁になったらブッシュ大統領、パウエル国務長官、ラムズフェルド国防長官が進める安全保障政策と密接に連携した相当、戦略色の強い援助が世銀でも展開されることになるのではないだろうか。もっとも、予想ではベーカー総裁の実現性は極めて低い。しかし、共和党寄りの人材がリクルートされて新総裁に就任する可能性は大だ。そうなると世銀の政策にも大きな変化が見られるようになるだろう。
ODAの世界がいま一つ、すっきりしないのはアメリカが経済援助にすっかり興味を失っていることが最大の原因だ。これからブッシュ政権がどのような新しい対外援助政策を打ち出してくるにせよ、世界平和構築の過程に援助が果たす役割がいかに重要であるかを明確に認識したものであってほしいと思う。