人類究極の文化遺産は?

24 APR. 2001
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫

世界の心ある人たちの悲鳴の中で、タリバンによるバーミヤンの大仏破壊は実行されてしまった。3月下旬、私はJICAの仕事があり、東南アジアを歩いていたのだが、このニュースはホテルのCNNテレビや、英字新聞、それに現地で印刷されている日本の新聞などで逐一、知ることが出来た。日本の新聞では、識者がタリバンの暴挙を非難、バーミヤンの仏跡がどれほど貴重な世界遺産であるかを説き、国際世論が暴挙を防げなかったことを嘆く論調が多かったように思う。

どれも的を射た適切な記事だったが、そんな中でも特に私の心に強く残ったのは、朝日新聞に掲載されていた「本当は誰が私を壊すのか」という記事だった。この記事の筆者はアフガニスタンの国境に近いパキスタン・ペシャワールに83年から診療所を開き、20年近くアフガン難民、山岳民族などへの医療支援活動を続けている医師、中村哲さん(PMS/ペシャワール会・医療サービス院長)だ。私も中村医師には10年ほど前、東京でお会いしたことがあり、自由な発想から難民救援活動に取り組む姿に感心した記憶がある。

たしかその時、中村医師は「難民救済活動のためには国境はありません。私も現地の人なみにパスポートなしで監視の厳しいパキスタンとアフガン国境を勝手に行ったり来たりしていますよ」と笑って話していた。現在は、大半の外国のNGOが政情不安などで撤退、または活動を休止する中で「これでは現地の救援活動が壊滅するかも知れぬ」という危機感からアフガニスタン国外に難民を出さぬ活動を目指して首都カブールでの診療活動の強化を計画しているという。

20年近く現地に溶け込んだ生活をしている中村医師だから、バーミヤン盆地の事情や現地人の感情には詳しいに違いない。そんな中村医師の記事は、どんな論調の記事なのか興味深く読んだ。そして感動させられた。この記事をすでに読んだ方も多いと思うが、記事の要約は以下のようなものだ。

仏跡破壊の問題が最も熱を帯びていたころ、中村医師のもとに一通の手紙がPMSのアフガン職員から届けられたという。「遺憾です。職員一同、全イスラム教徒に変わって謝罪します。他人の信仰を冒涜するのはわれわれの気持ちではありません。日本人がアフガン人を誤解せぬように切望します。」

「私は朝礼で彼らの厚意に応えた。『我々は非難の合唱には加わらない。平和が日本の国是である。われわれはその精神を守り、支援を続ける。そして長い間には日本国民の誤解も解けるであろう。人類の文化、文明とは何か。(バーミヤン仏跡破壊を機に)考える機会を与えてくれた神に感謝する。真の人類共通の文化遺産とは、平和・相互扶助の精神である。それはわれわれの心の中に築かれるべきものである』」(筆者要約)

「その数日後(全壊される前)、バーミヤンで半身を留めた大仏を見たとき、いたわしい姿が、ひとつの啓示を与えるようであった。『本当は誰が私を壊すのか』その巌(いわお)の沈黙は、無数の岩石塊と成り果てても、全ての人類の愚かさを一身に背負って逝こうとする意思である。それが神々しく、騒々しい人の世に超然と、確かな何ものかを指し示しているようでもあった」(筆者要約)といったものだ。

バーミヤンの巨大石仏は、間違いなく重要な人類の文化遺産である。それを破壊するタリバンの暴挙が非難されるのは当然としても、中村医師は巨大石仏よりも、もっと貴い人類共通の文化遺産は人の心の中に宿る平和・相互扶助の精神であると考えており、内戦を繰り返すアフガン人の心にその文化遺産が醸成されていないことを悲しんでいるのだ。タリバンが破壊した仏像も当時の仏教徒が心の安らぎを求めて建立した。宗教は異なっても人類は何世紀にもわたってすべての人の心の中に平和・相互扶助の精神が宿ることを願い続けてきたのだ。

中村医師の言を待つまでもなくバーミヤンの大仏ばかりか、すべての世界遺産が束になってもかすんでしまう人類の文化遺産といえば、それは恒久の世界平和しかない。残念ながらこの文化遺産の創造はまだ、完成途上にある。

さて、振り返って考えれば、JICAなどが行っているODAなど国際協力活動も、不安定要因が数多く残る地域の平和と安定の構築を目的としており、人類究極の文化遺産の創造を助ける仕事と言える。古代エジプト人がピラミッドの建設のためにひとつ、ひとつの巨岩を積み上げて巨大遺跡を完成させたように、経済協力の関係者は、平和という人類最大の文化遺産の完成に向けて毎日、一歩、一歩前進を重ねているのだと思っていっそう努力を積み重ねてもらいたい。