ODA予算に向けて国際派議員の結集を

26 MAY. 2001
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫

霞ヶ関は、平成14年度予算の概算要求に向けて忙しい時期に突入した。来年度予算づくりは、年始めから実施された行政改革によって経済財政諮問会議の意見が大幅に取り入れられるなど旧大蔵省主導の従来の予算作りとは、ひと味もふた味も違ったものになることは確実だ。そのうえ、改革を唱える小泉内閣の出現で、既得権益に拘らない事業の優先度に応じた予算配分が実施されることが検討されるなど、各所に革命的な予算作りも予想されている。そんな情況変化を踏まえた目で見るせいか、役所内ですれ違う中央官庁の予算担当者の顔も心なしか、これまでよりしまって見える。

経済協力を取材する身にとってはODA予算がどうなるのかは、やはり、一番気になるところだ。今年度のODA予算編成にあたっては、概算要求後に当時の亀井自民党政調会長が3割削減を提言するなど大騒ぎがあった。この提言は、一部自民党議員ら努力で3%削減まで縮小することに成功したが、その後遺症は政府・与党内に今も残っている。特に外務省予算は、流用事件による外交機密費(報償費)の調整などが避けられず、それがODA予算にまで悪い影響を及ぼすのではないかと心配だ。

これは個人的な見解だが、外務省改革に意欲的な田中真紀子外相の経済協力に関する考え方がこれまで公式の言動からは、はっきりなしないことも不安に思っている。それに、外相と自民党内の派閥からくる確執が予算編成に絡んだら、経済協力本来の論議が脇に飛ばされてしまうのではないかという心配も捨てきれない。「それは取り越し苦労だよ」と笑う人がいるかもしれないが、ここ数年のODA予算に対する政治家の冷たい目が、来年度予算編成にも向けられる可能性は高いのだ。

先日、ある政治家から「来年度予算編成にあたってODAも、もう聖域視できないよ」といわれ、耳を疑った。80年代半ばまでならともかく、ODA予算はもうとっくに聖域ではなくなっており、今更、そんな言葉が政治家の頭の中にあるとは思わなかった。逆にいえば、日ごろ、経済協力とあまり関係がない政治家のODA観は、この程度のものだということにもなり、多くの政治家がODA予算は、まだ優遇されているという誤解が強いのではないだろうか。そうした認識のもとにODA予算が論議されることになれば、正当な論議は望めない。

98年度以来、ODA予算は漸減されており、仮に来年度ODA予算がまた、削減されるようなことになれば、もう予算減を質の向上で補うなどという理想論ばかり言っていられない。否が応でも日本の経済協力は根本から見直さなければならないだろう。ODA予算の縮小は、ODAの規模の縮小も余儀なくされることになり、開発途上国,世界の貧困層の失望をかうことにもなる。途上国に拡大していた日本のプレゼンスの後退も覚悟しなければならない。

98年度ODA予算が削減された後、多くの国際派と呼ばれる与野党の政治家に会って「なぜ、ODA予算削減を食い止められなかったのか」と尋ねたことがある。そのときほとんどの政治家は「今度はそのようなことがないように努力したい」と答えていた。いろいろな環境を考えて来年度ODA予算の編成は、本当に21世紀の日本の経済協力のあり方を決定する予算作りだといっても過言ではない。今こそ超党派で国際派議員たちのODA予算確保に向けての協力を望みたいと思う。