ODAの意義再議論を

26 JUN. 2001
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫

援助の理念、外交政策における援助の役割などを明確化してより重点的、効率的なODAを実施するための施策を協議する第二次ODA改革懇談会(外務大臣の私的懇談会)の初会合が5月23日、外務省で開かれた。

会合の冒頭、国会の都合で出席できなかった田中真紀子外相に代わって杉浦正健外務副大臣が挨拶したが、副大臣の挨拶の内容は来年度ODA予算編成の難しさを示唆する厳しいものだったと聞く。

後日、入手した当日の副大臣の挨拶の中から予算に関連するものを抜粋すると「我が国の厳しい経済、財政状況の下で国民のODAに対する見方は非常に厳しいものがあります。そのような中で、現在の限られたODA予算をより効果的、効率的に使うために一層の努力が求められております」「小泉内閣は財政構造改革を聖域なく見直すと断固たる決意を表明しております。歳出を最低3兆3億円切り込む旨、言明しております。まだ、具体的にはなっておりませんが、ODA予算についても見直しが求められることは間違いありません。ODAの中にも伸ばさなければならない部分もありますし、切り込むところは切り込まなければなりません」——などといったものだ。

「『伸ばさなければならない部分もある』と言っているのだから、副大臣も削減ばかりを念頭に置いているわけではないだろう。予算増の部分もありうると解釈しても良いのではないか」と楽観的な意見を述べる人もいる。しかし、これはあまりに甘い。第二次改革懇談会設置のいきさつや、歳出削減という内閣の大方針を考慮すれば、副大臣の発言が「切り込み」に主眼を置いていることは自明だ。

杉浦副大臣は、学生時代から国際協力活動に身を投じ、大学卒業後もアジア学生文化交流協会などに関わっていた経歴を持つ。国会でも数少ない国際協力に理解の深い議員の一人であり、選挙区ではあまり票に結びつきにくい、国際協力に関する政治活動に力を入れすぎて一度、落選したこともある。国際協力関係者にとっては貴重な政治家でもある。

しかし、行財政改革の抜本的改革を主題に掲げる内閣の副大臣であり、総理とは同じ派閥に属していたこともあるのだから、内閣の方針に忠実であるのは、当たり前のことであり、今、ODA予算を増やせとは言えない立場にあることも良く分かる。そこのところは理解するとしても、来年度予算編成作業が本格化する前に副大臣から“白旗"とも取れる発言があったとなると、来年度ODA予算編成が置かれている絶体絶命の状況を改めて知らされる思いだ。

副大臣の挨拶に対して第二次ODA改革懇談会の座長である渡辺利夫拓殖大学国際開発学部長は「ODAは日本の外交にとって非常に重要な手段である。自分はODA削減に抵抗していきたいが、ODAを取り巻く環境が厳しいのは事実である」と、日本のODAの規模が縮小されることに基本的に反対の立場を示した。とはいえ、国の財政改革という大命題には誰もが逆らえないというのが現実だろう。

来年度ODA予算については、すでにいくつかの新聞から厳しい予測が流されている。「機密費問題などを考慮し、前年度比10%の削減を目指す。塩川財務相もODAを歳出削減の対象とする考えを表明し、財務省の事務当局に、検討の着手を指示」(5月31日、毎日夕刊一面)といった記事だ。

しかし、実際、来年度ODA予算がどれぐらいの規模になるのか、まだ、分からない。来年度ODA予算を編成するにあたって、政治家やマスコミに事前に注文しておきたいことは、ODA予算を論議するとき、単に数字の出し入れを議論するのではなく、なぜ、日本は大規模なODAを実施しなければならないのか、ODAが持つ政治的、経済的、社会的意義にまで論議を深めて、そこで増減を判断してもらいたいということだ。「はじめに数字ありき」ではならない。

国際協力の推進こそが、21世紀の日本が安全で安定した国家として生き抜く生命線であるという国民のコンセンサスが醸成されれば、無責任なODA削減論は消えてゆくだろう。