日本に期待される世界のエイズ対策

10 JUL. 2001
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫

6月末からニューヨークの国連本部で開かれていた国連エイズ特別総会は「エイズ保健基金」(仮称)の創設などを謳った宣言を採択して閉会した。

これは私の主観だが、日本国内においてエイズに対する国民の関心は、数年前に比べるとだいぶ、薄れてしまったような気がする。たしかに予防対策などの徹底で日本国内におけるエイズの爆発的感染の恐れは、遠のいたかもしれないが、地球上、特にアフリカなどにおけるエイズの脅威は、今も増す一方で、エイズは、現時点の国際社会の緊急課題であることを、多くの国の人々が認識している。それに対し日本人のエイズへの認識は国際感覚から少し遊離しているのではないかと、心配になってしまう。

日本人のエイズへの関心は低下しているように見えるものの、政府のエイズ予防対策への国際協力は成果を挙げつつあると聞く。JICAはタイ、フィリピン、ガーナ、ケニヤなどでエイズ予防対策プロジェクトを展開しており、いずれも実績を挙げているという。しかし、資金も専門家の数もまだ十分ではないことも事実だ。

途上国におけるエイズ対策ということで、私が最初に思い出すのは、98年末にタイ東北部パヤオ県のバン・ドン村を訪ねた時に出会った一人の男性エイズ患者のことだ。このとき、私はJICAがパヤオ県を拠点に実施していたエイズ予防対策プロジェクト「エイズ予防地域ケアネットワーク」を視察していた。このプロジェクトは、エイズ患者が病院に隔離されることなく、家族ら地域の人たちと一緒に暮らすことで患者の精神的安定を図り、共存を目指そうというユニークなプロジェクトで、大きな成果を挙げていた。

案内のJICA専門家と村のあちこちに住むエイズ患者を訪ねて歩くうちに、ある農家の庭先で末期エイズ患者とされる35歳の男性に会った。「難しい病気だが、お医者さんが診てくれているので心配はしていません」と明るい表情で話す母親の横で、弱々しい声でわれわれの質問に答えるその男性の頬のあたりには、末期エイズ患者に見られるという白い無精ひげのようなカビが生えていた。「この症状が出始めると、余命は長くて半年」ということだったから、彼はもうこの世に居ないのかもしれない。

その時の取材で歯がゆく思ったのは、「最近は進歩したエイズの薬が開発されており、最新のエイズ治療薬を使えば、彼のように発症した患者でも延命することは可能です。でも、最新の治療薬は一日分が約1万円もするので、この村の農民にはそれを買う経済力はありません」というJICA専門家の話だった。月30万円といえば、日本でもそれだけの治療費を楽に払える人は決して多くはないだろう。まして、タイでも最も貧しい地方といわれる東北部の農民にそれだけの金を払えないことは分かる。だが、目前の彼も金さえあれば薬を買って、生き長らえることが出来るのだと知ると「なんとかならないものか」という気持ちも抑えられなかった。

国連エイズ総会後の7月上旬に訪米した小泉首相は、厳しい財政事業の中でも日本が国連の「エイズ保健基金」に2億ドルの拠出をする用意があることを表明、エイズ問題に対する日本の積極的な姿勢を世界にアピールした。しかし、国連の試算によると感染者の治療、感染孤児の支援など世界規模のエイズ対策に必要な資金総額は70億ドルから百億ドルにもなるという。つまり、日本政府がいくらがんばっても、日本以外の主要先進国、国際的な民間企業などの幅広い協力体制が確立されないと、効果的なエイズ対策はなかなか進まないのだ。国際協調なくしては、このやっかいな地球の緊急課題は解決しない。

「エイズ保健基金」の話は7月下旬のジェノバ・サミットでも取り上げられる予定というが、安全保障、世界経済など先進国が最も関心を持つ議題に追いやられて霞んでしまう心配もある。小泉首相には、サミットの場でエイズ問題について積極的な発言を行い、エイズ対策の面でも日本が世界のリーダーとなる努力をしてもらいたいと思う。そうなれば、これまで積み上げてきた日本の国際協力の素晴らしさを改めて世界にアピールすることになるだろう。