第二次ODA改革懇中間報告はODA予算削減を容認するのか、しないのか?

20 AUG. 2001
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫

8月1日、外相の諮問機関、第二次ODA改革懇談会(座長・渡辺利夫拓殖大学国際開発学部長)の中間報告がまとまり、田中外相に手渡された。その後、東京や神戸でタウン・ミーティングが開かれており、幅広い国民の声を取り入れた最終的な改革案を11月をメドに作成する予定だという。

外務省を巡る最近の一連の動きに加え、来年度予算編成にあたって政府がODA予算の削減方針が打ち出すなどマスコミのODAに対する関心が久しぶりに高まっていたこともあってか、新聞各社はこの中間報告書提出のニュースをかなり大きく報じていた。たとえば2日朝刊の全国紙各紙の記事は、日経が7面4段で「ODAで省庁横断機関、効率化へ一元的運営」といった見出しの記事。産経も1面4段で「ODA削減を容認、効率化の必要性強調」、毎日は5面3段で「ODA効率化へ戦略会議を」という見出しの記事を掲載していた。

ところが各紙を読み進んでいくうちに「?」と思う記事にぶつかった。3面のベタ記事だが、「ODA削減、改革懇難色」という読売の記事だ。たしか先に読んだ毎日の記事のサブ見出しは「予算総枠言及せず」とあったはずだし、産経も「ODA削減を容認」と書いている。そこで東京を引っ張り出してみると「思い切ったODA削減を外相の私的懇談会」という2段程度の記事があった。読売と東京とでは、読者に全く逆の印象を与える記事だ。読売の記事を詳しく読むと「『ODAは余裕があるから供与し、余裕がないから控えるといったものではない』などとし、予算削減に強い難色を示した」とある。一方、東京の記事は「中間報告は、現在の経済・財政状況では、ODA予算の効率的実施が必要だと前置きし、『開発途上国のニーズに合わないODAは、思い切って削減、廃止する勇気が必要だ』と強調」となっている。ちなみに日経の記事には「予算削減を容認する姿勢を示しながらも『ODAは余裕があるから供与し、余裕がない時は差し控えるものではない』と大幅削減には反対している」という記述があった。

いったい、第二次改革懇は予算削減を容認する報告を出したのだろうか。それとも削減に難色を示したのだろうか。これは自分で報告書を読むしか判断の方法はない。

報告書の中で予算に関する項は「ODA予算検討のために」というくだりだ。「ODAは軍事力をもって国際秩序形成に関与しない日本にとっても最も重要な国際貢献手段である」「開発途上国が直面している種々の課題を放置して世界の平和と繁栄はかなわない。主要先進国の中でも、アメリカやイギリスのODA予算は増額に転じている。国際社会の協調努力を続けてきた日本はそのリーダーシップを今後とも発揮してゆく必要がある」」いった記述に続き「経済低迷が長期化し、巨額の財政赤字を構造化させている現在、国家予算はこれを大切に用いなければならない。ODA予算とて例外ではない」「開発途上国のニーズに見合わないと判断されたODA、さらには日本の比較優位が発揮されにくいODAについては、思い切って削減し廃止する勇気が必要である。何よりも効率性を向上させなければならない」と記している。

報告書を熟読してみると、どこの新聞の記事にもそうとれる部分があるから、どの新聞が間違っているとか、どの記事が正しいという評価はしにくい。報告書を要約すると「政府は、ODAは日本外交の最も重要な手段であることを再確認すべきであるが、財政構造改革も国家の最重要課題であるから、いっそうODAの無駄を省き、効率を高める努力をせよ」と概念的提言をしているのである。この報告には「ODA総合戦略会議(仮称)」の設置などの新機軸も打ち出されているが、正直に言って、ほとんどの提言に新味は乏しい。今、日本のODAは、即、新方針が決定されなければならない最終曲面に立っており、どうにもとれる提言ではない、明快な方策を示す提言が必要な時にあるはずだ。今回の四方を立てるような改革案ではこの曲がり角は、乗り切れないのだ。

生意気を言うと叱られそうな諸先輩がメンバーになっている第二次改革懇であるから、これ以上は言わない。11月の最終報告は、改善されて間違いなく21世紀の日本のODAの指針を示す、素晴らしいものになっていると信じている—としておこう。