「大きな国際協力に繋がる小さな親切」

25 AUG. 2001
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫

大学や大学院で国際協力に関心を持つ学生たちにとって、JICAが最も人気のある職場であるといわれるようになって久しい。私の大学にも難関のJICAとまでは言わなくても、国際協力に関連する職場に就職を希望している学生が数多くいる。そのうちの一人、1年生の女子大生、Oさんが夏休み前、ODAに関する資料などを集めに私の研究室にやってきて、ひとしきり雑談をして帰っていった。

彼女が国際協力に関心を持つようになったのは、他の学生たちと同じように小学校高学年時代に開発教育に理解が深い女の先生が学校にいて、授業中、よく国際協力の重要性について語ってくれたからだという。その先生の素晴らしいことは「まず、明日からでも自分が出来る小さな親切を率先してやることが、国際協力の第一歩。国内で身の回りの小さな奉仕も出来ないような人では、国際社会に出でも、心の通った協力活動は出来ない」と教えたことだ。彼女はその先生の教えを守り、中学、高校を通して自分に出来る身近なボランティア活動をするように心がけてきたという。

そんな彼女が最近、うれしかった話として教えてくれたバスの中の小さな交流は、聞いた私にも爽やかな喜びを感じさせてくれたので、このコラムで紹介したい。彼女の話は以下のようなものだった。

彼女は大学まで相当、長い時間、バスに乗って通学しているのだが、いつの頃からか、途中のバス停から乗ってくる盲導犬を連れた目の不自由な女性と毎朝、乗り合わせるようになった。彼女はその女性が乗ってくると、必ず席を譲るようにしていたが、ある日、うっかり寝てしまい、その女性が乗ったことに気が付かなかったという。そのまま、バスに揺られて寝ていると、盲導犬が彼女の足をたたくので目を覚まし、前にその女性が立っていることに気が付き、あわてて席を譲ったという。「私が毎朝、席を譲るようになってからは盲導犬も私の臭いを覚えて、バスに乗ると真っ直ぐに私の席にその女性を連れてくるようになっていたんです。その朝もいつものように主人を連れてきたのに席を譲らないので、私の足をたたいたみたいです」と彼女はおかしそうに笑った。

彼女と目の不自由な女性のバスの中の短時間の交流はその後も毎朝、続いた。ある日、いつものように席を譲ると、その女性が小さな封筒を彼女に手渡した。学校について封筒を開いてみると、それは視覚障害者たちが演奏する音楽会への招待状だった。その招待状には「あなたのたような若い人に一番、聴いてもらいたい音楽会です」と添え書きがあったという。アルバイトがあって残念ながらその音楽会には行けなかったようだが、今も彼女とその女性の朝の交流は続いているという。

最近はもう、そんな人はいないと思うが、かつては「海外でならボランティア活動をするが、国内では社会活動には全く無関心」というおかしな人たちがいた。異文化、異人種の人たちに対する国際的ボランティア活動には、好奇心と一種のヒロイズムを感じて積極的に参加するのだが、同朋には目の前にお年よりや体の不自由な人たちがいても、あまり関心がいかない‐‐という人たちだ。

ODAには外交政策としての政治的要素が多いが、現場で実施する関係者に一番求められるものは戦略ではなく、誠実な心である。第一線に立つ援助関係者が誠実に仕事を実施することが相手に本心から感謝される援助に繋がる。それが結果として我が国の外交手段としての効率も高めることになるのだ。

心の琴線に触れる国際協力活動をするには、まず、相手の気持ちを慮る心を日ごろから身に付けていなければならない。そんなことを、若い学生との会話の最中、考えていた。