平和のありがたさ

vol.39 6 Dec 2001
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫

11月半ば、カンボディア・プノンペンで開かれた日本とカナダの平和構築合同評価に参加するためにカンボディアを訪れた。

この合同評価は、1999年9月、東京で開催された日加合同平和構築シンポジウムでの提言を受けて毎年、開かれているもので、今年2月にはカナダ側(CIDA)の主催でグアテマラで合同評価が行われている。今回はJICAが主催者となり、JICA、CIDAのほか、日、加、カンボディアのNGO代表らが参加して実施され、日本、カナダがそれぞれ現地で行っているプロジェクトについて多方面から調査・評価された。私は仕事の都合上、すべてのミーティングに出席することは出来なかったのだが、911テロ事件以後、経済協力が持つ紛争予防、平和構築の役割が国際社会からも広く注目されている時期だけに、カンボディアの平和構築・復興支援に対するこの評価は、いっそう意義深いものとなり、約3週間に及ぶミーティング、調査は最後まで熱気あふれるものだったと聞く。

また今回、日本側はCIDAが開発した評価手法PCIA(Peace and Conflict Impact Assessment)に日本独自の改善を加えたJPCIA(Japan Peace and Conflict Impact Assessment)を活用したプロジェクト評価を試みるなどJICAのプロジェクト評価にとっても画期的なミッションだったようだ。

さて、こうした合同評価の成果とは別に私個人にとっても今回のカンボディア訪問はたいへん印象深いことの連続だった。もちろん、これまでにも多くの開発途上国は訪れた経験はある。そうした国々でも国の平和と安定がいかに重要であるか、それを感じる機会はたびたびあったのが、カンボディアではこうした過去に訪れた国でよりさらに強い平和のありがたさを肌で知ることができたように思うのだ。

そのひとつの体験をこの欄で紹介したい。
ある土曜日の夕刻、プノンペン市内のトンレサップ川沿いに並ぶレストランで食事をした。目前に見える河岸の遊歩道には週末の憩いのひと時を家族や恋人と過ごす人たちで溢れている。なんとなく彼らの動きを眺めていると、同じ人たちが同じような場所を何度も行ったり、来たりしていることに気づいた。河岸のレストランで食事をするわけでもない。ビールや清涼飲料水を手にして飲んでいるわけでもない。子供たちもお菓子を食べているわけでもない。ただ、ひたすらに歩いて、歩いてトンレサップ川の川面から来る涼風を楽しんでいるだけのようなのだ。

さらに彼らを観測するうちに私はもっと重大なことに気づいた。彼らは涼風ではなくいつまでも安心して歩ける平和を楽しんでいるのではないか、ということだ。パリ和平協定で、約20年におよぶ同胞が同胞を殺す内戦が止んで10年になるが、日本の経済協力などで本格的な平和がやってきたのはフン・セン政権の安定度が増したごく最近のことだ。人々は今やっと、いつ、家族や兄弟が殺されるかもしれない不安定な社会から開放され、平和を思い切り享受できる生活を手にしたばかりといえる。

長い間、夢のような話だった銃声の聞こえない夜。夕闇の中の散歩。そして明日を信じられる生活。美食より、美酒よりこれほどうれしい話はカンボディアの人たちにないはずだ。そんな気持ちで彼らの散歩を見ていると背中にはっきりと「平和よ、ありがとう」と書いてあるような気がしてならなかった。