不明瞭な小泉ドクトリン

vol.42 15 Jan 2002
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫

小泉首相がASEAN5か国の歴訪を終えて15日、帰国した。出発前は、各国首脳との会談での目玉になるか、と思われていたASEANとの経済共同体構築構想も市場開放によって打撃を受ける可能性が高い国内農業関係者の反発などを配慮してか、既定のシンガポールとの経済連携協定に署名したほかは、ASEANとの包括的な自由貿易協定(FTA)締結を具体的に推進する発言は、聞かれなかった。こうなると「首相はASEANに何をしに行ったの?」という声も出てくるが、そもそも今回のASEAN歴訪を身近な問題に例えると「なにかと家庭内のことが忙しく、ご近所との付き合いもする暇もなかった家庭(日本)のご主人(首相)が新年にやっと少しの時間ができたので、挨拶に行った」という趣が強い。それに付け加えて「同じ町内に住む大家族のご一家(中国)が、最近,やたらに近所付き合いに熱心なので、我が家も負けずに近所に顔をつないでおこう」といった背景もあっただろう。

だから、最初から「この問題ついてひざを詰めて討議しなければならない」といった切迫した議題のない旅だったともいえる。日本の最大の友好地域のひとつであるASEANと、首脳同士が角を突き合わして論議をしなければならない火急の問題が、今のところ存在していいないことは、逆に結構なことだとも言え、首相の目的不明瞭な旅に特に目くじらを立てる必要もないと思う。だが、ひとつだけ、あまり不明瞭にせず、もう少し具体的に言ってほしかったものがある。それは経済協力に関する発言だ。かつて首相のASEAN歴訪といえば、政府開発援助(ODA)がらみのプロジェクトがついた“おみやげ"が常識だったが、今回の歴訪国の経済成長に伴い、さすがに表立ったODAみやげは、陰を潜めたことは時の流れを感じさせた。

しかし、旅の間、首相が経済協力についてひと言も言及しなかったわけではない。同行した人たちの話を聞くと、必ずしも会談の内容が正確に報道されてはいないというが、日本の新聞各紙の報道によると、首相は最初の訪問国フィリピンのアロヨ大統領との会談で、ASEAN内の地域格差解消のためにASEANプラス日中韓の枠組みで政策を論議する「東アジア開発イニシアティブ(IDEA)」の開催を打ち上げた。また、ASEANや東チモールでの人材育成などに日比が共同出資する「日本・フィリピン・パートナーシップ・プログラム」への署名も立ち会っている。一方、マレーシアでもマハティール首相との会談で「小泉首相は『(2002年度予算案では)ODAを削減しているが、ASEAN重視の立場から、何が必要であるかとの観点で検討させたい』と述べ、ASEAN向けのODAを重視する考えを表明した」(読売)とある。NHKなどのテレビの画面でもバンコクで「ODAは本当に役立っているね」と話す首相の映像が流されていた。

こうした報道から推測すると首相は、日本のODA予算が削減されることに危機感を持つASEAN諸国の気持ちを慮って、今後も引き続き東南アジア地域でのODAを忘れないというメッセージを送ったのだろう。だが、このメッセージも包括的経済連携構想と同様に具体性に欠けている。相手の解釈しだいで、日本はASEAN諸国に対し、これからも80年代、90年代と同じような援助を続けると受け取れるし 他方、日本は、ASEAN全体への援助量は減らし、マレーシアなどASEAN内先進国と三角協力してカンボジア、ミャンマーなど域内後発国への協力を推進する、とも受け取れる。小泉発言の真意はたぶん、後者なのだと思うが、もうちょっと明確に話をするべきだったのではないだろうか。

さしたる緊急の議題もなく、どの国の首脳とも旧知の間柄でもあることなどから、今回の歴訪は首相、事務方ともに緊張感が足りなかったようだ(ついでにメディアも)。緊張感の欠如が不明瞭な政策表明に繋がったのだとすると、今後、外交上の宿題を残すことになる。少なくとも経済協力に関してはもう少しはっきりものをいって欲しかった。