読者に間違った印象を与える特ダネ記事の大扱い

vol.145 26 June 2006
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫

マスコミ用語に「自社モノ」というのがある。読んで字の如く自社が行う事業に関連するニュースや、主催または特別後援したりするイベント等に関して広告ではなく報道の体裁をとった記事のことを指す。

私も40年近く前、若い駆け出し記者のころ、あまり公共性があるとは思えない「自社モノ」の記事を書かされてうんざりした記憶がある。民放テレビなどでは今もまだ「自社モノ」を誇大報道する傾向が残るが、主要な新聞社では最近は公共性を重視、提言報道は別として政治、経済、国際、社会面などで極端な「自社モノ」報道はあまり見かけなくなった。とはいえ、スポーツ面や特集面に自社関連の事業、イベントに大きなスペースを割くことに変わりはない。

こうした「自社モノ」記事に賢明な読者は「ああ、これはこの新聞社の事業だから大きく扱っているのだな」と、一般的な評価より割り引いて読んでいると思う。だから、幸いなことにそうした記事が社会的な論議になったという話はあまり聞かない。だが、特ダネという名の変形「自社モノ」記事が巻き起こす社会的な影響は多少やっかいだ。

つい最近も読売新聞にインドネシアでのインド洋津波緊急支援事業を巡る入札問題でそうした特ダネ記事が載っていた。特ダネだから当然、一紙にしか出ていない(少なくとも朝日、日経にはなかった)。他の新聞を併読していなくても、一面トップで、社会面にまで書き分けてある異常に大きな扱いをみれば、ひと目で特ダネと分かる。

この記事は業務の実施にあたり、日本政府の推薦を受けた代理機関が入札で現地企業に多大の配慮をしたことが現地企業の技術力に不安を持つインドネシア政府の不満を招き、入札をやり直したというものだ。

この問題はコスト削減が求められる一方で、政府が行う援助プロジェクトとして従来どおりの質も維持しなければならない、という現在の日本のODAが抱えるジレンマを相手側から指摘されたケースといえる。マクロ的にも援助を受ける側が今後のODAの進め方に対し、極めて参考になる意見を与えてくれたと言え、前向きの指摘であれこそすれ、決してスキャンダルではない。

読売の記事も前代未聞の異例のケースという点にフォーカスしており、無理に代理業者らの過失にしようという記述ではない。だが、多くの読者はODAのことに詳しくない。一面、社会面に大きく書き分けられた記事を目にして、指摘されているODA入札問題の本質よりも日本のODAがまた失敗を犯したと映ったのではないだろうか。

本当の特ダネというのは、それを読んだ他の新聞などメディアが慌てて後追いする記事のことを指すが、この問題について翌日の朝日も日経も後追い記事を掲載していない。だから、これは正確には特ダネとは言えず、「自社モノ」の範疇に入ると言っても良い。読売は自分の出身会社だから後輩に厳しいことを言ったが、同じことは朝日や日経、その他のメディアにも言える。

新聞は便利さや速報性、インパクトという点で、テレビやインターネットとの勝負に勝てないことを自覚している。今、新聞が模索する多様化したメディアの中での生き残る道は、信頼できる社会のオピニオン・リーダーとしての存在だ。独材だからといって異常に大きな記事の扱いは、市民に間違ったオピニオンを与えかねない。たとえ、それが独材であっても先行する大人のメディアとして普遍的なニュース・バリューを判断、それに見合った紙面での扱い方を考えることが望ましい。