DRAIN SYNDOROMEの恐れ

vol.150 5 September 2006
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫

先日、久しぶりにNGOの方々とゆっくり話をする機会があった。話の節々から感じられたのは、日本のNGOが自分たちの国際、国内社会における責任と責務をしっかりと自覚していることで、改めて彼らへの信頼感を強める対話だった。

そんな中で一つだけ気になることがあった。すでに多く語られていて、特に驚く事実ではないのだが、同席した一人が語った「NGOの働く待遇がもっと良ければもっと多くの優秀な人材がNGOに入ってくる」という話だ。

日本のNGOで働くスタッフが、各人がそれぞれ持つ高度な国際知識、語学力、やる気などに対して十分な物理的対価を受けていないことは、多くの人が承知している。それが優秀な人材のNGOへの就職回避、たとえ一度就職しても民間企業などへの流出に繋がり、日本のNGOの弱点ともされていることも良く知られる。

とはいっても、今すぐに効果を発揮するNGOの待遇改善案は浮かばない。長いスパンで市民の意識を高める努力を続け、NGOを支える社会の成長を待つしか方法はないのだが、いつまでもそんなに悠長なことを言っていられるのか、という不安もある。

少し話はそれるが、8月初めのアメリカのシカゴ・トリビューン紙に日本のプロ野球の人気が落ちている(早稲田実業と駒大苫小牧高校の熱戦前の記事だったが、高校野球は人気を失っていないとちゃんと書いてあった)原因の一つとしてイチローや松井秀喜のようなスーパー・スターが大リーグに流出する「Muscle Drain」を挙げていた。「Muscle Drain」は日本語にすれば、スポーツ選手流出とでも言うのだろう。つまり、「Brain Drain(頭脳流出)」の筋肉版だ。

ここで私が危惧するのは、現状のような日本のNGOの職場環境では、開発協力における日本人の能力が海外のNGOに流出する「Capacity Drain」の可能性が極めて高いことだ。すでに欧米の国際NGOで活躍する日本の若者がいるように、NGOは国籍を問わない職業の代表的なものでもある。開発協力に関わる日本人には高い語学力を持つ人が多いうえ、仕事の主目的は人道的支援であり、自分がやりたいと思う仕事を満足してこなせる職場環境なら、それがどこの国のNGOでもあまり気にしない。だから、彼らが国籍を越える可能性は高い。

もちろん、同じ人道支援といっても、欧米人のやり方とわれわれ日本人のやり方には違いがあり、そうした差異に耐えられない人もいる。だが、両者を秤にかけて欧米のNGOに流れる人材の数は少なくはないだろう。

学問、スポーツの分野の流出は日本社会にとって好ましくない現象とも言えるが、NGOの人材流出も深刻な問題だ。すでに広く社会から認められているように、NGOは青年海外協力隊などと並び、日本の国際協力の最前線に立つ日本の顔だ。日本の人材が欧米のNGOに流れ、国際協力の現場から日本のNGOの姿が減ることは、現場から善き日本の顔が減少することに繋がる。

外務省は近くNGOとの戦略的連携・活用に向けた5か年計画のとして、NGO参画のODA事業の倍増、NGO委託型事業の新規導入、欧米主要NGOや国際機関で実践的長期研修を行うNGOキャパシティ・ビルディング事業の充実、NGOと学界、民間、政府などとの人材交流事業などを新たに発足させる予定という。

正直に言うと、NGOのキャパシティ・ビルディングまでに政府が手を貸すという構図にはあまり喜べない。しかし、それでもこの計画で日本のNGOの職場環境が改善され、5年後に多くの若い人材がNGOに加わりたいと思うようになるのなら、過渡期の政府とNGOの協力として悪くはないかもしれない。とりあえずは計画が順調にスタートし、NGOの人材流出を防ぐ防波堤になってくれること期待している。