戦争と開発

vol.151 5 October 2006
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫

レバノン情勢は、数多くの火種を残しながらもとりあえず停戦が保たれており、10月はじめまで戦火は途絶えている。国際社会の努力が結実して再び悲劇が繰り返されないことを祈るばかりだ。

7月上旬、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラがイスラエルの兵士を拉致したことに端を発した戦闘だったが、ロケット弾による報復攻撃などヒズボラの戦闘力は予想以上に高く、イスラエルが国連安保理決議に基づいて8月14日に攻撃を停止するまでレバノンへの爆撃は約1か月に及んだ。

戦火が拡大したぶん、被害も大きかった。停戦1か月後の9月中旬にレバノン南部の町カナを訪れた読売新聞特派員の報告によると、34日間の戦闘で町の住民55人が死亡、建物の45%が損壊、年間予算が20万ドルという小さな町の被害額は1億ドル以上になるという。

停戦直後の8月31日、ストックホルムで開かれたレバノン復興協議支援国会合では、開催国スウェーデンが2000万ドルの支援を表明したほか、日本もすでに公表ずみの200万ドルに加え、新たに500万ドルを上積み計700万ドルの追加支援を表明、EUなども資金援助を約束した結果、拠出表明された総額は10億ドル近くにおよんでいる。

同支援国会合にあたりレバノン政府が示した初期復興に必要な資金額は5億ドルだったが、2倍近い拠出表明にも安心はしていられない。停戦後の詳しい調査結果で被害額はさらに拡大しており、10億ドルの支援額が約束どおりに迅速に執行されたとしても、生活基盤を完全に復旧するにはさらなる資金が必要と予測されているのだ。

同支援国会合で印象深かったのは、レバノンのシニオラ首相の「イスラエルの攻撃で、過去15年間の復興の成果が消失した」という発言だった。この言葉を聞いたとき、すぐに思い出したのは、10数年前、就任直後の世界銀行のウオルフェンソン前総裁にインタビューしたときの話だった。あのとき、ウ前総裁は「戦争は過去に営々として積み上げてきた開発や復興支援を瞬時にして吹き飛ばしてしまう。また、いったん戦火が発生した場所をもとの状態に戻すには、平時の開発協力の7倍から10倍の資金が必要になる」といったことを話していた。

今回のレバノンでの戦闘は、まさにこうした最悪のシナリオが現実となったものであり、レバノンばかりかアフガニスタン、イラク、スリランカ、スーダン、ソマリアなどでも同じような愚行が繰り返されている。ボスニア・ヘルツェゴビナなどのように停戦後、10年以上たった今もまだ戦火の傷跡を完全に癒すことが出来ない国も多い。開発問題とは離れるが、ドイツ統一直後にベルリンを訪れて歴史的建造物が無残に破壊され、戦後の安普請のビルが並ぶ空虚な町並みを目にしたとき、戦争の愚かさを痛感した記憶もある。

今回のレバノンの武力衝突で、国際世論の中には圧倒的な軍事力を背景に容赦ない空爆を重ねたイスラエルに不利なものが多いが、けんか(戦闘)は両成敗であり、双方に非があるだろう。多数の犠牲者を出したイスラエルの軍事攻撃はあまりにも短絡的な解決法であったし、イスラエルを挑発したヒズボラも自己中心的な行動が何の罪もない市民を巻き添えにして、仲間の命と財産を奪った。

ウ前総裁が言うように、戦争はそれまでの開発努力を台無しにしてしまう。その結果、いつまでも解消されない貧困が残り、それが政情不安を招くという悪循環をうむ。世界の政治リーダーたちはこんな簡単な理屈がどうして分からないのか、誰もが理解に苦しむ現象だ。開発〜破壊〜開発〜破壊という不毛のサイクルを止めるには、予防開発と言う概念に望みを託すしか救いはない。早期に紛争の芽を摘む地道な開発援助が紛争予防に効果を挙げる日がくることを信じたい。