ジャカランダ型技術協力を

vol.152 10 October 2006
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫

9月中旬、大学の休業期間を利用してナイジェリア、タンザニア、ケニアに出張した。JICAが進めるガバナンス支援事業の一環として主に途上国のマスコミ支援の可能性を探るのが、目的だった。各国現地事務所の多大なるご支援のおかげで、3か国の主要マスコミの幹部や政府・情報省の幹部ら多数と面談することができ、興味深い話をたくさん聞くことができた。相当の成果のあった旅だったと自負している。この出張のことは次回から少しずつでも報告したい。

今回は出張の最後に立ち寄った都市、ナイロビで見たジャカランダのことを書く。ジャカランダは近年、日本でもときどき見かけることがあるので、知っている人も多いと思うが、春(南半球では秋)にラベンダー・ブルーの淡い花を咲かせる樹木だ。成長すれば10メートル以上もの大木になり、その木に満開の花がついた様子は実に美しい。個人の好みでいえばサクラの花よりずっと美しいと思っている。

今夏、初秋のナイロビの都心部で見たジャカランダは、排気ガスにやられたのか、樹齢の問題なのかよくわからないが、大木のわりに多少みすぼらしいジャカランダだった。だが、それでもラベンダー・ブルーの花色は十分に美しく、旅の心を和ませてくれた。

思えば私がはじめてジャカランダの花を見たのもナイロビだった。35年ほど前になるが、新聞社の出張でナイロビにやってきた私を案内してくれた当時のナイロビ特派員が「これはアフリカ原産の樹木である。われわれナイロビに住む日本人は“ジャカランダ音頭”という歌まで作ってこれを誇りにしている」と自慢するので、何も知らない私はジャカランダがアフリカの木であると思い込んでいた。

その後、日本に帰って百科辞典で調べてみるとジャカランダは南米原産の木であり、アフリカ原産の木でないことが分かり、先輩特派員のがっかりする顔を思い浮かべたものだ。それからしばらくして自分がオーストラリアのシドニー特派員になったとき、郊外の自宅付近の公園や街路にもジャカランダの木がたくさん植わっていた。シドニーのジャカランダは、ナイロビとは比べ物にならないほど見事なものが多く、10月ごろになると青空を背景にラベンダー・ブルーの花輪が広がり、それは、それは息を呑むような美しさだった。

以後もアルゼンチン・ブエノスアイレスの日本大使公邸や、アメリカ・ミシガン州のゴルフ場などで見事なジャカランダの花に出会って、そのつど感動したものだ。南米原産の木ではあるが、気候が温暖な場所ならどこでも根付く木らしい。東京は少し寒すぎて移植は難しいが、日当たりの良い場所なら根付くこともあると聞く。

最近はあまり使われないが、イギリスに「ジンジャー・ツリー」という比喩言葉がある。東インド原産のジンジャーは、今では気候温暖で土壌さえマッチすれば、世界各地で育てることが可能だが、冬が寒いイギリスでは根付かなかったらしい。そのせいか、異なる土地や社会に同化できないことを指す意味で使われる言葉になった。

私はナイロビで久しぶりにジャカランダをみたとき、JICAの仕事のことを思い浮かべた。ジャカランダのように移植された土地で人々を喜ばせ、地元の人が昔から自分の国にあった木だと錯覚するような技術移転、つまり、その国の風土や文化に同化して、持続性を持つ技術や知識を移転することが技術協力の真髄ではないかということだ。

どんなにすばらしい技術であってもイギリス人が言う「ジンジャー・ツリー」では、プロジェクトが終わって数年で枯れ果てて、跡形もなくなってしまう。プロジェクトが終了して何年もたってから、現地の若者たちから「あれは日本の技術協力で伝えられたものだったのですか。自分たちの国に昔からある技術だと思っていました」と、言われるジャカランダ型こそ理想の技術協力だろう。

私はJICAは、ジャカランダのように現地に根付く協力を世界各地で行っていると信じている。出張先などでしっかりと地元に同化した素晴らしい日本のプロジェクトに出会ったとき、ラベンダー・ブルーのジャカランダの花を思い出すことが出来たら幸せだ。