途上国メディア調査印象記 I

vol.153 7 December 2006
JICA客員国際協力専門員 杉下恒夫

昨年と今年の大学の夏季休業期間を利用してアジア、アフリカ6か国(バングラデシュ、スリランカ、キルギス、ナイジェリア、タンザニア、ケニア)で行ったJICAのメディア分野への協力可能性調査の結果を2回にわたって報告したい。

2年がかりの調査結果は、予想通りだった部分と意外だった部分が混在する。

意外と言うか、予想以上に良かったことは、どの国でもメディアが政権に対して比較的自由にものが言える環境にあったことだ。もちろん、メディア・ハラスメントと言われる権力のメディアへの介入はそれぞれの国で散見された。ケニアでは今年3月に主要紙の一つであるスタンダード紙と系列のテレビ局の本社が警察官に襲われ、輪転機などを損壊された事件があり、一方、ナイジェリアでは6月に大統領専用機の批判的記事を書いた記者2人が逮捕されていた。昨年、調査したバングラデシュでは、非合法組織によるメディア脅迫事件もあった。

しかし、90年代末、同じ目的で私がメディア調査をした中南米諸国や、最近のロシアのように政権を批判する記者がある日、突然にオフィスなどから姿を消すといった恐ろしい話を聞くことはなかった。

一方、予想通りといえるのは、途上国のジャーナリズムの社会的信頼度の低さだ。アメリカのようにジャーナリズムが進化している国は、ジャーナリストもオピニオン・リーダーとして相応の居場所が与えられているが、今回調査した国々のメディア関係者の社会的地位は、他の職種に比較すると下位の属するものだった。

もちろん6か国には社会から尊敬され、政治家やビジネスマンから一目置かれ、それぞれの国のオピニオン・リーダーとなっている高名なジャーナリストが存在していた。しかし、普通のレポーターやコレスポンデントとされるジャーナリストの場合、ケニアでやや高めの社会的評価を受けていたほかは、「良い仕事に就けない人が、腰かけ程度に選ぶ職場」という、あまり芳しくない評価だった。

活字メディアやラジオの場合、ジャーナリストの低評価の原因となっていたのは、記事の質の悪さだ。「裏づけのない暴露記事を噂だけで平気で書く」「政治家の表面的な批判記事は書けるが、難しい経済や国際情勢の背景・分析記事などはまったく書けない」「英語のスペルを間違える」「ひどい記者は権力者から金を貰ってちょうちん記事を書く」など、各国で同じ様な話を何回も聞いた。

優秀な人材がジャーナリストにならない一因は、安い給料と不安定な身分にある。これもほとんどの国に共通していたが、ジャーナリストの平均給与はどの国においても高給取りとはいえない公務員なみという。給料が安く、政変やオーナーの意向しだいで簡単に解雇される危険もあるメディア関係の会社に、大学などで成績の良い学生が就職したがらないのは当然だ。

良いジャーナリストが増えないので、流すニュースの質は上がらず、信頼性も高まらない。そのため売り上げも伸びないので、経営が苦しくなり、十分な給料を支払えない。なにかニワトリとタマゴの論争にも近いが、途上国のジャーナリズムが抱える大きな問題でもあった。

テレビやパソコンが普及した先進国とは違い、6か国のオピニオン形成に大きな影響力を持っていたのは、FMラジオと新聞だった。特に新聞は世論形成に力を持つインテリ層に強く、これからの民主的な国づくりに欠かせないアクターであり、優秀な活字ジャーナリストの育成が急務であることを痛感した。

アジアでもアフリカでも若者たちがジャーナリズムという職業に関心がないわけではなかった。職場環境さえ整えばやってみたいという意欲をもつ若者にも数多く出会った。劣悪な職場環境・安月給〜記者の質の低下〜経営不振という途上国メディアの悪循環を一日も早く断ち切り、有為の若者たちがジャーナリストになる日が来ることを熱望する旅でもあった。