狐や鼠にならない告発を歓迎

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.193 30 July 2008
JICA国際協力専門員 杉下恒夫

食品の産地改ざん・偽装、賞味期限切れ食品の再販、客が残した料理の使いまわしなど、内部の人間でないと、つかみ難い不正の露呈が最近は多くなっている。食べ物ばかりか、大分県の教員の贈収賄、不正採用疑惑、さらにODAに関しても内部の人でないと、なかなか知りえないと思われるコンサルタント会社の暗部の詳細が、数ヶ月前から新聞、テレビ等で報じられている。

税金の無駄遣いは困るし、おかしな先生の誕生も困る。また、知らなければ今も怪しい食品を食べ続けさせられていたはずの消費者の身からすれば、食の不正の露呈は正直、ほっとした気がする。推論だが、こうした一連の不正発覚の起因の一つが、内部の人からの告発であったとすれば、告発の増加は大歓迎すべき社会傾向と言って良いだろう。

いかに優秀な検察、警察といえども正確な内部情報を知りえる手段がないと、根底からの不正の摘発は難しい。1974年にニクソン米大統領を辞任に追いやった「ウォータ−ゲート事件」は、素晴らしい調査報道を成し遂げたワシントン・ポスト紙のボブ・ウッドワード、カール・バーンスタイン両記者の力に依るところが大きいが、彼らに内部のハイレベル情報を提供し続けた、かの有名な「ディープ・スロート」氏がいなければ、大統領を辞任に追い込むまでの成果を挙げることが出来なかったことも事実だ。

企業・組織に盲目的な忠誠心を持つ人が減り、人間関係も希薄になりつつある最近の日本社会において、内部告発は今後もさらに増え続けるだろう。致命傷ともなる弾がいつどこから飛んでくるか分からない社会の到来に、すねにキズ持つ組織や個人は、毎日、気が気ではないだろう。枕を高くして眠りたかったら、外に知られたら困るような、不正を隠匿せずに公明正大な生き方をするしかない。

ただ、内部告発には悩ましい問題もある。それは告発者の動機だ。私が記者時代にも新聞社には、しばしば内部告発とも言える情報提供があった。当時、われわれはこうした情報提供を「タレコミ」と称してあまり重視しなかった。一つはタナボタ式の特ダネを拾うのを、よしとしない記者のプライドであり、もう一つの理由は提供される情報に、相手を陥れようという個人や企業の利害が潜む公正さに欠けるものが多かったからだ。特に談合情報などに、そうしたものが多かった。

もちろん、当時の「タレコミ」にも社会正義の視点からの情報提供もあり、不正を暴くきっかけになった情報も多々あったことは認める。前述の「ディープ・スロート」氏は、最近(2005年6月)、米・連邦捜査局(FBI)副長官マーク・フェルト氏であったことが明らかになった。あの頃、正義の告発者ともてはやされていた彼とて、今は、当時のFBIの運営のあり方に対する個人的不満が告発の動機の一部だったとされている。現職大統領を不名誉な辞任に追い込んだ世紀の告発も、決してニクソン大統領の不正事件への関与に対する純粋な疑問からだけの行為ではなかったのだ。

「城狐社鼠(じょうこ・しゃそ)」という言葉がある。ことば通りには城の中にいるキツネ、神を守る祠に巣食うネズミのことだが、転じて身内に潜む敵側の悪人を指す。正義からの告発は否定しないが、告発者は城や社をつぶすだけが目的の悪人であってはならない。自分の利害、恨み辛みだけで仲間を告発するのは、「城狐社鼠」が例えるキツネやネズミ(罪もないのに悪役にして申しわけないが…)の類だ。逆に言葉に反して城や社から悪を追放するキツネやネズミなら大歓迎だ。

昨年から今年にかけて明らかにされたものだけでも、社会のあちらこちらにこれほど多くの不正が隠されていたのかと、いまさら驚く。しかし、世の中にはまだまだ多くのわれわれが知らない不正が潜んでいると思う。姑息な告発者ではない正義の味方が、城や社に残る多くの不正を暴きだしてくれたら、社会浄化は加速するだろう。

 

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません