ついに動き出した新JICA丸

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.196 16 Oct 2008
JICA国際協力専門員 杉下恒夫

10月1日の朝、東京・南新宿のJICA本部のエレベーターに乗り合わせた女性3人が「なんだか新入社員になったみたいな気分ね」と、話しているのが耳に入った。恐らくこの日から新JICAに所属することになった旧JBICの職員たちなのだろう。期待と不安がない交ぜになり、多少、落ち着かないホンモノの新入社員とは違い、3人とも期待と自信に溢れた表情だったのが印象的だった。

まだ、ずっと先の話と思っていたJICAとJBICの海外経済協力部門の統合だったが、いざ、その時が来てしまうとあっと言う間の出来事だったような気もする。事前に統合後に想定されるあらゆる事態への対応が成されたと思うが、職員ばかりか世界中の人間を相手に行なう仕事であるから、今後、思ってもいない難問が湧き上がってくる可能性も大きい。新たな問題が起きたら、それに適した対策を図ることが、新機軸の創生ということにもなる。統合後に湧き上がってくるかもしれない新たな問題は、相乗効果を生む知恵熱でもあるだろう。

1日に本部で行われた緒方貞子JICA理事長の記者会見に同席した。ゴマをするわけではないが、記者の質問に対する緒方理事長の答えはどれも深く頷くものばかりだ。自衛隊との連携、援助庁(開発庁)設立の是非、海外経済協力会議のテコ入れ、広報体制の充実など記者が好みそうな各種の質問が飛び出したが、それらはさらりとかわし、「(統合が)内外から大きなチャレンジとして注目されていることをわれわれも認識して、いっそう現場のニーズに対応したい」、「新JICAの最大の課題は統合による援助効果を見せること」という言葉に、新JICAへのすべての思いが込められていた気がする。

緒方理事長の目指すゴールを遂行するための活動規範は、3S(Speed- up Scale- up Spread - out)である。最初の2つは従来の目標の延長線上のこととして、私は個人的に3つ目のSpread-outに大きな期待を寄せている。10年以上続く予算縮小の中で進められる日本のODAを効率化しようとすると、どうしても経費削減など目が内向きになり、細部の改革に拘る傾向が高まる危険性がある。

しかし、それでは本当の意味の効率化にはならない。言うまでもなく効率化とは、少ない資源投入で、それまでと同じかそれ以上の成果を生み出すことにある。長年にわたって浪費を続けてきた組織なら話は別だが、JICAのように過去10年以上にわたり、無駄を省いてきた組織の業務で、さらに人や金を削って以前と同じ成果を出せと言うのは、太平洋戦争末期の竹やり精神とあまり変わらないことになる。

Spread-outのひとつの方向として、会見の席でも緒方理事長が話していたように、これまで通りに外務省や財務省など政府と連携しながら、NGO、さらに民間企業との協力を拡大して、ODA事業を展開する裾野を広げてゆく考え方がある。Spread-outする対象は学会やマスコミ、また、国際組織・各国の政府・援助機関、外国の民間企業、NGO、研究機関、マスコミなどにも及ぶのだろう。

広い裾野からそれぞれのJICA事業に適合するリソースを補給してゆくシステムが構築されれば、少ない予算でも規模を縮小することなく、高品質のプロジェクトを持続することが可能だ。問題はそうした多様なプレーヤーの中で、JICAがどれだけリーダーシップを維持できるかということだろう。他のプレーヤーたちの思惑の中にJICAの理念が埋没してしまっては、JICAの新たな行動規範でもある「すべての人々が恩恵を受けるダイナミックな開発」は夢物語となる。

1日の朝、覗いた新JICAのオフィスには、旧JBICの竹橋オフィスで見慣れた顔も加わって、ぐんと重みが増したように感じた。今は統合直後のハネムーン期間でもある。だから、私の祝言も「新JICAの船出は前途洋々」ということにしておこう。