心打つアフリカで詠んだ短歌の数々

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.197 20 Oct 2008
JICA国際協力専門員 杉下恒夫

これまで本欄でも何度か触れたと思うが、私は2005年から2006年にわたり、JICAのガバナンス支援の一環としてアジア、アフリカ6か国で現地メディア調査を行なった。その結果をまとめた本、「危ういジャーナリズム−途上国の民主化とメディア」が10月上旬に日本評論社から発刊された。厚かましいお願いとは承知しつつ、途上国のメディアに関心のある方にご一読頂ければ幸いです。

調査にあたっては多くのJICA本部、現地事務所職員に準備等のご助力を頂き、最後は大島賢三JICA副理事長に推薦文まで書いて頂き感謝している。近著はJICAのみなさんのおかげで完成した本ともいえ、本欄を借りて改めて御礼申し上げたい。

さて、自著の宣伝はこれぐらいにして、今回は別のJICAマンの素晴らしい本を紹介したい。すでにお読みになった方も多いと思うが、この本は今年7月に出版された山形茂生・前ナイジェリア所長(現・駒ヶ根青年海外協力隊訓練所長)の短歌集「ウセ物語—短歌で綴るナイジェリアとナイジェリア人」だ。

灼熱の大地を駆け回るイメージのJICAナイジェリア所長と短歌は、ちょっと結びつき難い印象もある。山形さんがJICAに入る前からそういう、たしなみがあったのかというと、そうでもないらしく、過去の歌歴は学生時代に2首、社会人になってから1首作っただけというから驚きだ。

あとがきに記されているが、ある歌人が「歌は心の揺れがあった時に生まれる」と述べたそうだ。山形さんはナイジェリア駐在の3年強の間に150回もの心の揺れがあり、150首もの短歌をものにしたということでもある。帰国後、周囲の薦めもあってナイジェリア時代に詠んだ150首をまとめ、歌集として出版(非売)した。

アフリカの大地や開発協力の現場を知る人なら、みな心を揺さぶられるような名歌だ。いくつかの開発協力のプロジェクトを訪れ、つかの間、最前線の雰囲気を感じただけの私でも、たった31文字からあの時の現地のさんざめき、匂い、風、気温などを思い出す。独断だが私が気に入った5首をここで引用する

「オフィス出て市場彷徨(さまよ)い遇う人と言葉交わせば優しくなる我れ」
「夜のオフィス書類から目を上げふと気付く海の向こうの始まれる朝」
「地の底の清水よ来たれ我が胸に微笑む赤子の命育め」
「ハマダンに霞む灯火の彼方より砂漠に歩む人らがささやく」(ハマダンとは西アフリカの乾季にサハラ砂漠から吹く砂塵を含む乾燥した風=歌集の注釈より)
「火花飛ぶ大気は去りてフラニ人の群れ牛の背に雨ほとばしる」(フラニはナイジェリアに住むイスラム系の遊牧民族=同)。

山形さんは毎日の本部との事務連絡に少しでも人間臭さを加味したいと、メールやファックスの末尾に短歌を付けるようになったという。時には怒りを短歌に託してぶつけたこともあったようだ。忍耐心に乏しく、すぐに他人に不満をぶつける私から見ると、なんともみやびな怒りの解消法と感心するが、一首、一首を味読すると、なかには苛立ちが読み取れる歌もある。

しかし、150首に流れている基本は、開発協力に対する熱意、ナイジェリアの人々に対する親愛、慮りだ。JICA関係者ばかりでなく、NGOスタッフなど山形さんと同じような気持で相手国の人に接して懸命に仕事をしている開発関係者は多い。仕事をしている中で心が揺れたとき、一首(または俳句を一句)書き留めては如何だろう。楽しかった(辛かった)仕事の思い出が、さらに鮮明な記憶となり、後々まで残るに貴重な人生の財産になるに違いない。