アメリカはSmall Government からSmarter Governmentに変身か

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.200 8 Dec 2008
JICA国際協力専門員 杉下恒夫

100年に一度とされる経済危機の影響は、すでに多くの日本人の身辺にも忍び寄っている。私も昨今、背筋とフトコロが一段と寒く感じられ、「今冬は平年並み、または暖かい」という気象予報とは関係なく、物心両面で厳寒となることを覚悟している。

災害という言葉さえ使われる今回の世界金融危機の発生源が、アメリカにあることは誰もが知っている。レーガン政権時代からアメリカ経済のダイナミズムを支えてきたのは、新自由主義とされる経済政策だ。新自由主義経済は、金融も自由化して新種の金融システムを成長させた。自由を謳歌し過ぎた新たな金融システムが暴走して、世界経済を危機に追い込んだのが今回の構図だ。

レーガン政権の経済政策を理論的に支えたのは、ミルトン・フリードマン氏らの自由経済、市場競争を理念とする経済理論だった。世界経済を好況に導いたフリードマン氏は、つい先ごろまでは経済の神様のように崇められていたが、最近の評価はガタ落ちのようだ。フリードマン氏と同じように、自由放任主義を主張した経済学者、フレデリック・ハイエク氏も、今ではダメな学者のように扱われている。一方、新自由主義全盛の時代は、埃のついた過去の人扱いだった財政政策論者のジョン・ケインズ氏が再び脚光を浴びている。

3人の国際的経済学者はすでに亡くなっているが、黄泉の世界で顔を見合わせて苦笑しているのだろうか、それともまだ論争を繰り広げているのだろうか。

そのフリードマン氏らの理論に基づいてレーガン政権下で実施されたのが、政府の市場介入を極力なくす「小さな政府(Small Government)」だった。だが、世界経済情勢がこうなると、政府も市場、特に金融市場を放任しておくわけにもいかない。10月14日から2日間にわたりワシントンで開かれた「金融サミット」(G20)では、政府の金融市場、商品の規制・監督することなどを盛り込んだ首脳宣言が採択されている。

アメリカは首脳宣言に同調したが、今でも金融をはじめとした経済活動全般への政府の規制強化には慎重な姿勢を崩さないとされ、首脳宣言に「保護主義を拒否する」という一項を付け加えさせた。そんなアメリカの複雑な気持ちを表すような言葉を、先日、ニューヨーク発のAP電の中に見つけた。

それは金融サミット開幕前日の10月13日、ブッシュ大統領がニューヨークで行なった演説の記事だ。演説の中でブッシュ大統領は「金融危機の中でわれわれが目的とするのは、経済活動に、より介入する政府(More Government)ではなく、Smarter Governmentである」と語っていた。ブッシュ大統領の任期は2009年1月20日までであり、ブッシュ大統領の手に今後のアメリカの舵を切る舵輪はない。しかし、最近の世界情勢などからオバマ次期大統領もこうした方向転換を考えざるを得ないだろう。

Smarterを日本語にどう訳すか。それぞれの訳し方があろうが、Smartには「素早い」「賢明」「気の利いた」などの意味がある。

仮に「賢い」と訳して「より賢い政府」とすると、今度は「小さな政府」に代わる「より賢い政府」とはどのような政府なのかという興味が湧いてくる。単純に考えると経済政策なら民間力を抑えることなく助成して、もし民間パワーが暴走しそうになったら、政府が素早く適切な政策を立案して、適度に介入する政府ということだろうか。

「金融サミット」のニュースに接して痛感したのは、世界地図の様変わりだ。かつては日本など先進7か国(G7)だけで,コントロール出来た世界経済が、今や中国、インドをはじめとする新興国抜きでは論ぜられなくなっている。アメリカ・中央情報局(CIA)が11月20日に発表した2025年の世界経済予測でも、その頃の世界は米、中、印を核とする多極化時代になるだろうという。アメリカは好むとも好まざるとも、21世紀中盤は政治、経済、軍事などあらゆる面で唯一の超大国としては存在しえないのだ。

国際社会にあって、政治、経済、安全保障などの各分野でいろいろな国の人の意見に耳傾け、民族、宗教、地域の特性を理解して、穏やかにことを進めるスマートなアメリカは、肩肘を張った唯一の超大国、世界の警察官よりもずっとカッコがいい。貧困撲滅などODAの分野でもそうしたアメリカであれば、より効果的な援助協調が途上国の各地で展開されるだろう。Smarter Americaは、新しいタイプの世界のリーダーとして世界中の人から信頼されるに違いない。

ところで、日本も中曽根内閣時代からSmall Government路線が志向されてきた。日本では、まだSmarter Governmentに転換する声は聞こえてこない。頓挫したCool Japanに変わるSmarter Japanの論議をしても良い時期なのではないだろうか。