半世紀後のブッシュ大統領の評価は?

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.203 22 Jan 2009
JICA国際協力専門員 杉下恒夫

1月20日、アメリカの第43代大統領、ジョージ・ブッシュ氏が退任した。

昨年末のワシントン・ポスト紙に、旅仕度をした中年夫婦(ブッシュ大統領とローラ夫人と思われる)の奥さんが、玄関前で横の夫に「Did you remember to turn the stove off」と、尋ねているひとコマ政治漫画があった。世界中の夫婦に共通する外出前の風景だが、漫画をよく見ると、ホワイト・ハウスらしき家の裏からはすでに火の手が上がっている。テロとの戦いの戦火を広げながら、出口が見えぬままに時間切れとなったブッシュ大統領の退任状況を見事に描いていて、思わず声を出して笑ってしまった。

ブッシュ大統領は、歴代大統領の中でも最低に近い評価の中での退任だった。昨年末、CNNテレビが実施した世論調査では「(退任を)喜ばしい」と答えた人が75%もいた。「史上最悪の大統領だった」という回答が28%、「お粗末だった」という回答も40%にのぼっていたから、四面楚歌の中での退任であったとも言えるだろう。日本でも国際問題にそう詳しいとは思えないテレビ・コメンテーターまでもが、短絡的なブッシュ叩きをしていたのには閉口した。

私は昔から天邪鬼なので、みんながけなすと逆に褒めたくなるやっかいな性格だ。ブッシュ大統領が、現時点では世界の多数の人から低い評価を受けているとなると、前向の評価をしてみたくなる。もっとも、世界中の人がブッシュ大統領を批判しているわけではなく、前述のCNNの調査でも31%のアメリカ人は「良い大統領だった」と回答している。つまり、約3分の1のアメリカ人は、ブッシュ大統領を高く評価しているわけだ。

ブッシュ批判の根幹となったのは、アフガニスタン、イラクにおける復興政策の不手際と、100年に一度という世界経済危機への対応がふらついたことなどだろう。暴走するアメリカ型自由主義経済を、コントロールできなかったブッシュ政権の過ちは看過できないし、強大な軍事力に溺れ、一国主義に走った世界戦略も柔軟性に欠けていた。それは非難されても反論できない事実だ。

だが、対テロ戦争に関しては、それほど低く評価されなければならないのか、という気もしている。ブッシュ大統領を高評価する一つの見方として、冷戦に正しく対処したトルーマン第33代大統領(1945年‐1953年)の例を挙げる識者がいる。戦後、いち早く「トルーマン・ドクトリン」を発表、朝鮮戦争の引き金を引くなど、自由主義と共産主義の対立を構図化したトルーマン大統領は、退任時、評価が低かった。だが、90年代、アメリカが冷戦に勝利してから評価が急速に上がっている。

ブッシュ大統領のテロリストとの戦いも、トルーマン大統領のように歴史の中で高評価を受ける可能性がないことはない。今は対テロ戦争が、難航しているために低い評価しか得られないが、将来、世界の人々がテロの恐怖から開放された暁には、断固としてテロリストに立ち向かったブッシュ大統領の姿勢が評価されるという予測だ。そんな近未来まで待たなくても、9.11テロ以降、米本土でのテロ発生を防いだことをもう少し評価してよいという人もいる。

私はブッシュ大統領が指揮した一連の軍事行動を、表層的にテロリストとの戦いと定義するのは反対だ。アフガニスタン、イラクにおけるアメリカの戦いは、一義的には世界に民主主義・自由主義を拡大するため、非民主的指導者・過激集団との戦いであった。対立軸は民主主義と非民主主義であり、ブッシュ大統領は民主主義の大儀のための戦ったという言い方が正しい。

よほど変わった人でない限り、誰もが民主的で自由な国家に住みたいと願う。ブッシュ大統領が描こうとした世界地図は、誰からも歓迎されるものであったはずだ。仮にブッシュ大統領が、アフガニスタンやイラクの非民主的政権の存続を認めていたら、両国の国民だけでなく今の世界はどうなっていたか、という対案を考えてみる必要もあるだろう。

ブッシュ大統領は貧困がテロリストの温床となるとして、就任後4年でアメリカの政府開発援助(ODA)を倍以上に増やし、あっと間に日本から世界最大の援助国の座を奪還している。その後も年間250億ドルレベルのODA実施を公約、実行した。武力に訴える政策と平行して、開発援助にも力を入れたことを考慮すると、ブッシュ大統領が民主主義の拡大と、人間の安全保障の確立を願って一連の政策を実行したという見方も、全くは否定できない。

ブッシュ大統領の任期中、その言動を追っていて、つねに感じたのは「雑」という文字だ。良く言えば大統領から裏表のない明快なメッセージが世界に発信されていたことでもあるが、複雑な国際社会にこれほどシンプルなメッセージを発していて良いのかという疑問も隠せなかった。これは、大統領だけの責任ではなかったろうが、世界唯一の超大国のリーダーがなぜ、このように単純ともいえる言動に終始したのか、今もわからない。

ブッシュ大統領が周辺に目をやり、異なる意見にも耳を傾け、時間をかけて決断するという洗練された大統領の佇まいをとっていたら、もっと惜しまれてホワイト・ハウスを去ることが出来ただろう。ほめるつもりだったが、最後は多少、批判的になってしまったようだ。