アメリカに新たなフロンティアを拓いた黒人の大統領

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.204 30 Jan 2009
JICA国際協力専門員 杉下恒夫

大統領就任宣誓式が行なわれた連邦議会議事堂だけで50万人、パレードを見に集まった人などを加えると約200万人、そればかりか世界中で何億人もの人が熱狂したオバマ新政権の発足については、もうあらゆることが書き尽くされた観がある。私が今更、ここで書くこともないが、個人的な新大統領誕生の印象を、ここで少し述べさせて頂きたい。

まずは卑近な話だが、オバマ大統領が左利きであるということに、同じ左ギッチョである私はひどく親近観を持った。就任翌日、ホワイトハウスで最初の執務についたオバマ大統領は、左手にペンを持って、ややぎこちなくサインをしている。私の記憶が正しければブッシュ大統領も左利きだったし、戦後の大統領ではトルーマン、ケネディ、フォード大統領が左利きだった。人間は矯正をしないと、約3割が左利きだという説もある。そうなると、戦後の大統領の左利き率は高い。マイノリティである世界の左利きのみなさん、共に喜びましょう。

次は初の黒人大統領ということだ。メディアはこぞって初の黒人大統領ということを強調した。確かにニュースかもしれないが、黒人だからといって特別視するのは、黒人をまるで別の人間のように扱うストー夫人の「Uncle Tom’s Cabin」(1852年)の視点のようで、私には不快な感じがする。だから、オバマ大統領が何系の人であっても構わないのだが、熱狂するアメリカ人を冷静に見ていると、初のアフリカ系大統領を抱いた喜びの一つの理由が、はっきりと見えた気がする。

少し前までアメリカにおける黒人は、オバマ大統領も言うとおり「地方のレストランで食事することさえ許されない」地位にあった。アメリカ人でありながら、なかなか国家の中核には入りえなかった被差別側の人種が、初めて国家の最高の権力者になったことは、アメリカという国が、新たな国家空間を切り拓いたともいえる。アメリカ人があのように熱狂したのは、閉塞状態にある国家の中に人種の本格的統一という新しいフロンティアを見たからにほかならない。

アメリカといえばフロンティア・スピリットという言葉が瞬時に浮かぶ。アメリカはつねに新しいフロンティアを見つけて前進してきた国だ。新世界を求めて欧州から来た人々が東海岸での入植が一段落して、発展のための空間が手詰まりになると、開拓者のベクトルは西のフロンティアへと向かった。

土地や資源を奪われた先住民とメキシコ人の迷惑も忘れてはならないが、ともかく、アメリカは余剰パワーと国民のフラストレーションを、フロンティアに吸収させて国家を拡大してきた。太平洋に辿り着いたあとも、アラスカという新天地があり、アメリカにはつい先ごろまで、フロンティアが存在していた。

だが、さすがの大国も21世紀には、もう地理的フロンティアは存在しない。地理的フロンティアに代わり、金融工学を駆使して生み出した新自由主義経済は、バーチャルなフロンティアともいえるが、世界に経済危機を招いただけで、昨年、無残な形で消えている。

フロンティアに飢えたアメリカ人が新たに発見したフロンティアは、これまでの大統領とは違う人種の大統領を選ぶことだったのではないか。もちろん、アメリカ人がオバマ上院議員を大統領に選出したのは、それだけの理由ではない。しかし、新たに登場した肌の色が黒い、スマートなリーダーにアメリカ人はアメリカの新たな地平を見たのだろう。だから、人種を問わずあれほどの人が熱狂したのだ。

アメリカの人種比率は、白人75%、黒人12%、アジア・太平洋系3.7%、先住民1%(2008年、共同世界年鑑)とされる。人種比の数値には出てこないが、出身地の分類としてヒスパニック系(白人系、黒人系を含む)は、全人口の12.5%を占める。スペイン語しか話せない人が多いヒスパニック系も、アメリカ社会のマイノリティだ。ライス前国務長官のような一部の例外を除けば、アメリカは全人口の約3分の1、約1億人の人が、国家の中枢から遠ざけられてきた人々だといえる。

こうしたマイノリティが白人と同じアメリカ人となり、国家の中枢パワーとして活躍する場が与えられたら、アメリカの出力は30%増になる計算だ。これほど巨大なフロンティアは、アメリカの歴史上もそうは出現しなかった。そして、アメリカが真の多民族国家となれば、アフリカやアジア、中近東の国々との関係もずっと良好なものになるだろうから、さらなる希望に溢れた地平も見えてくる。こう考えると、オバマ大統領の出現は、政策の如何に関わらずアメリカに新たな活力を与えることに間違いない。

振り返って日本を見ると、閉塞状態はアメリカ以上という気もするが、国内にフロンティアらしきものは、あまり見当たらない。しかし、世界に目をやれば、日本人が力を発揮できる新たな場所はたくさんある。特に開発途上国には無限の活躍の場が見えてくる。日本人のフロンティアを、途上国を中心とした世界に設定するとなると、政府開発援助(ODA)は、その先導役を担うだろう。ODAを活用して日本人にも新たなフロンティアが生まれることを切望している。