イギリスのインド高等文官(ICS)とJICA職員を比較する

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.205 13 Feb 2009
JICA国際協力専門員 杉下恒夫

先日、マスコミへの就職を希望する大学教官時代の教え子から、最近のマスコミ事情を聞きたいという要望があり、久しぶりに会った。私は目敏いほうで、人と待ち合わせた時、たいていは先に見つけるのだが、その日は彼女が目の前に現れて声をかけてくるまで気が付かなかった。なぜかというと、以前は薄くカラーリングされていた髪が真っ黒に変わり、黒いリクルート・スーツに身を包んでいたからだ。

男子学生のリクルート・ファッションは、若いサラリーマンの出勤スタイルとそう変わらないから、あまり目立たない。だが、女子学生は今どき珍しい黒髪を後ろに束ね、ダーク・スーツ、白いシャツ、黒いバッグに靴と、凡そ決まっている。だから、巷で見かけても就職活動中の学生とすぐにわかる。

2月は就活シーズンの真っ盛り。通勤途中、必ず1人か2人、就活中の学生を見かける。100年に一度という不況下の就活は、例年よりいっそう厳しいものなのだろう。車内で疲れきった表情の就活学生を見ると、お節介ながら「頑張れよ」と、声のひとつもかけたくなる今日この頃だ。

JICAは「スリーJ」と呼ばれる学生(特に女子学生)に人気の就職先だと、数年前から聞いてきた。3つの「J」にはJICAのほか、JAL(日本航空)、JTB(日本交通公社)、JETRO(日本貿易振興機構)、JBIC(国際協力銀行)など諸説あるが、JICAはどんな組み合わせの中でも、つねに「3J」の一角に入っていたと思う。

どんな組織でも優秀な若者を採用したいと思うのは当たり前の話だが、私はJICAを特に優秀な人材を必要とする組織だと思っている。それは、JICAの仕事が開発途上国と深く関わるからだ。社会の付き合いは、価値の基準を共有するもの同士のほうが楽だ。同じ土俵に立っていれば、たとえ話がこじれても、話し合いの糸口があり、いつか解決策もみつかる。

これは国と国の付き合いにおいても同じだ。JICAが主に付き合う途上国は、経済的、政治的成熟度などから、日本と価値観を共有しているとは言えない国が多い。ODAは日本の国益を追求すると同時に、相手国の利益も重視しなければならない外交政策だ。JICA職員はその最前線に立ち、価値観の違いを乗り越えて円滑に職務を遂行する能力が求められる。業務の失敗は日本の国益を損ねるばかりか、相手国の国民の損失にも繋がる厳しい仕事だ。

平和な開発協力と植民地経営を同一に語るのは、無理な部分も多いが、私はJICA職員を、時々、帝国主義時代のイギリスのCAS(Colonial Administration Service =植民地高等文官)や、ICS(Indian Civil Service=インド高等文官)と比較することがある。大英帝国を築いたイギリスの植民地経営は、フランスなどが本国では使えない落ちこぼれ人材を植民地に配属したのとは逆に、優秀な若い人材を植民地に送り込むことに全力を挙げた。それは、異なる価値観を持つ異人種をコントロールするには、普通より高い能力が必要と考えていたからだ。高名な経済学者、ジョン・ケインズも若い頃はICSだった。

それを裏付ける資料(浜渦哲雄著「英国紳士の植民地統治」中公新書)もある。1892年から1896年のデータによると、この期間のICS合格者の出身大学は、52%がオックスフォード大学、25%がケンブリッジ大学という名門大学の卒業生だ。オックスブリッジなど名門大学には、パブリック・スクール出身者が数多く入学するが、パブリック・スクールが求めた人材は「タフ(肉体、精神ともに)」、「決断力」などの才能を持った若者だった。これらの条件はそのまま、JICAが求める人材の所要条件でもあるだろう。

イギリスの植民地経営が行き詰った理由は、歴史の流れの中で国際政治、経済、社会情勢の変化ということに尽きる。だが、大英帝国の威勢に陰りが見え始めた20世紀初頭から、ICSに加わる若者の質が低下したことも興味深い。ICSの質の低下が、大英帝国の衰退を加速させたと言えなくもないのだ。

日本のODAは長期的な予算削減で、年々、規模を縮小している。この苦しい環境に負けず、ODAを日本の主要な国際貢献策として維持してゆくには、最前線に立つJICA職員のいっそうの努力が欠かせない。ODAの規模縮小と平行してJICA職員の質まで落ちてしまっては、大英帝国とISCの関係の二の舞になりかねない。

逆境の中でも優秀な人材を確保しておけば、ODA全体の質の低下を防ぐことは可能で、近い将来のODAの規模反転にも繋がる。そんなわけで、私は今年も多くの有為の若者がJICAを受験することを望んでいるのだ。