武力行使は莫大な無駄遣い

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.207 18 Mar 2009
JICA国際協力専門員 杉下恒夫

3月初めにエジプトのシャルムエルシェイクで開かれたパレスチナ自治区ガザの復興支援国会議は、参加した75か国が総額45億ドル(約4,400億円)の支援金拠出を表明して閉会した。

支援金の内訳はアメリカが9億ドル(約900億円)、欧州連合が5億5,300万ドル(約550億円)などで、日本政府も人道支援のために2億ドル(約200億円)の拠出を約束している。拠出を表明した国が約束通りに金を払うかという不安も残るが、集まる支援金の総額は、会議前にパレスチナ自治政府が、求めていた額(28億ドル)を大幅に上回る。

ガザの復興に国際社会が力を合わせようという意思の表れは歓迎したい。だが、日本のODA予算の約3分の2にも達するかという巨額を、福岡市の面積にも等しい小さな地域の復興につぎ込まなければならないということに、ガザ復興の難しさを知らされる思いもする。

第1次中東戦争後、第3次中東戦争までエジプトが占拠していたガザ地区だが、沖に天然ガス田があるほかは、人が住むのに適さない荒地が多い。復興とか再建という言葉が使われるが、ガザはもともと何も無かった地域ともいえる。しかし、ガザ復興にこれほどの巨額が必要になった最大の原因は、未開発というよりも数次にわたる中東戦争などで、破壊が繰り返されたことにある。

45億ドルという数字を見て最初に感じたのは、破壊と言う行為のむなしさだ。仮に45億ドルもの資金が、ガザ国際空港など破壊されたインフラの復旧でなく、初めから地域開発に使われていたなら、ガザは今頃、ドバイやドーハなみのインフラを備えた優雅な地域になっていたかもしれない。

世界各地で紛争が発生するたびに、破壊行為のむなしさを示す数字が飛び交う。2006年7月に起きたイスラエルとレバノンの武力衝突で国連開発計画(UNDP)は、イスラエル軍による攻撃で受けたレバノンの経済的損失は、150億ドル(約1兆5,000億円)と発表した。これはレバノンが1990年の内戦終結以来、15年間に積み重ねてきた復興事業費に匹敵し、11年間の努力のすべてが吹き飛んだ計算になる。昨年、8月のロシア軍によるグルジア攻撃でも、短期間ながら10億ドル(約1,000億円)の被害が出たとグルジア政府は発表している。

民主主義の拡大という大義の前には、仕方がないことなのかも知れないが、アメリカがアフガニスタンやイラクにかけた対テロ戦費は、昨年末までに総額6,000億ドル(約60兆円)にも及び、その後も増え続けている。アメリカは30年以上も前のベトナム戦争でも、現在の物価に換算して6,600億ドルもの戦費を使っている。

オバマ大統領は、2月に発表した2010会計年度(09年10月—10年9月)の予算教書で、イラク、アフガニスタンなどでの対テロ戦費として、1,300億ドル(約12兆3,000万円)を計上した。これに2009年度の補正予算分を合わせると、対テロ戦費は2,055億ドル(約20兆円)となり、アメリカの対テロ戦費が累計1兆ドル(約100兆円)という途方もない数字に達することは、ほぼ確実だ。

しかし、アメリカや紛争当事国に対し、高みから「愚かな人たちだ」と批判出来る国は、世界中どこにもない。われわれ日本人を含めて、世界の国々は過去に何度も武力衝突という愚かな行為を繰り返してきた。その愚挙に対する反省の度合いが、現在の国家の佇まいの重要なセンスとなっている。

武力を使った問題解決は、結論が出るのは早いかもしれない。だが、残されるものは破壊と恨みであり、壊されたインフラの復旧には、建設の数倍も費用がかかる。それ以上に戦った人たちの心の中に残る傷は何世代後までも続く。

陳腐な引用だが、紛争の解決にはやはり北風と太陽の寓話が一番、適切だろう。武力解決に比べると多少の時間はかかるが、ODAは民生向上に役立つものを現地に残しても、破壊や恨みは残さない。紛争が残す気が遠くなる復興歳費を前にして、改めて経済協力の素晴らしさを感じている。