急成長のリスクを再認識させる2つの事例と日本のODA

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.230 8 April 2010
JICA国際協力専門員 杉下恒夫

大規模リコールで揺れたトヨタ自動車の騒ぎは沈静化しつつあるようだ。日本経済の牽引車でもある世界最大の自動車メーカーが、過剰なバッシングから脱出できるのなら日本人の一人としてほっとする。

話は欧州に飛ぶ。かの地では10%を超える財政赤字に陥ったギリシャが欧州連合(EU)の屋台骨を揺るがしている。統一通貨ユーロの信用不安まで進展した危機をどう収拾するか、欧州主要国の首脳は連日、鳩首しているという。

トヨタとEU。特に取り立てて言う共通点はないが、一つだけ似た体質がある。それは急成長だ。

日本の自動車産業揺籃期から日本のトップ・メーカーであり続けたトヨタだが、自動車生産先進国であるアメリカや欧州の主要メーカーに迫り、追い抜いたのはそう古い話ではない。1997年のトヨタの年間生産台数はゼネラル・モーターズ(GM)の7割にも達しておらず、フォードに次ぐ世界第3の自動車メーカーだった。世界第2のメーカーとなった2004年でも、年間生産台数はGMを150万台下回り、首位の座は遠かった。それが3年後の2007年に一気にGMを抜き、世界のトップ・メーカーとなった。GMの低迷という事情があるにせよ、この間、約190万台も生産台数を伸ばしたトヨタは、短期間に信じられないほどの急成長を遂げたわけだ。

1958年に母体が生まれたEUも当時の加盟国は独仏など6か国にすぎなかった。その後、イギリス、ギリシャ、スウェーデンなど9か国が加わり、徐々に拡大していったが、2004年にハンガリー、ポーランド、チェコなど10か国が一挙に加盟、2007年にもブルガリア、ルーマニアが加盟して現在の27か国体制が出来上がった。トルコ、マケドニアなども加盟候補国となっている。

トヨタの場合は世界一の自動車メーカーの座を獲得してブランドの競争力を高めようという戦略が急成長を求め、EUの場合は中印など新興国の台頭で多極化する世界経済の中で、存在感を高めるために数の拡大が必要だった。

私にはそれぞれの狙いについてとやかくいう見識はないが、2つの組織の最近の躓きを目の当たりにすると、組織の急速な拡大には必ず大きなリスクが内在することを再認識する。新聞社の事件記者だった若い頃、先輩たちから「急成長する会社をマークせよ。こうした会社は社内に必ず不合理な部分を抱えており、それが事件に繋がる可能性が高い」と教えられた記憶がある。この教えはその後のリクルート事件、ライブ・ドア事件などの事例を見ると、確かに当てはまるようだ。

組織が急速に拡大するときは、いくら注意しても目が届かない欠陥や、規則違反が発生する。それが後日、綻びとなって露呈、社会問題化するケースも多い。人間でも、組織でも、右肩上がりに成長する姿を傍から見るのは気持ちが良いものだ。だから、世間は急成長する組織を讃える傾向があり、組織にも多少の甘えが生まれる。だが、本当は急成長する組織にこそ、社会がいっそう厳しい監視の目をむけ、組織も従前以上に気を引き締めてことに当たらなければならないのだ。今回のトヨタ、EU問題はこの原理を改めて教えている。

我が身を振り返ると、政府開発援助(ODA)にもこの「拡大のいびつ発生論」の定義は当てはまるような気がする。1980年代、急速に拡大した日本のODAは、実施機関の人員や資料が不足していたことのほか、援助を受ける側も日本の援助理念が十分に理解出来なかったことなどで、ニーズを正確に捉えていない事業が存在した。こうしたいびつな部分は、その後の修正で徐々に解消されてきたとはいえ、全く無くなったという保証はない。新しいODAの形が模索されている今、80年代に確立された日本のODAのスタイルを分解して、もう一度原点から組み立てなおす作業をしてみてはどうだろうか。急成長時代は見えなかったODAの本質的欠陥がはっきり見えてくるかもしれない。