対アフリカODA倍増に、ぎなた読みはない。

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.232 27 April 2010
JICA国際協力専門員 杉下恒夫

文字によるコミュニケーションで区切りを間違えると、全く意味が異なる文章になることがある。その多くは通称「ぎなた読み」と言われるもので、「弁慶が薙刀を持って…」の句読点を間違えて「弁慶がな、ぎなたを持って…」と読んだ人がいたことが語源となったとされる(岩波書店、広辞苑)。

ぎなた読みで広く知られているのは「ここではきものをぬぐべし」を「ここで履物を脱ぐべし」と読む一方、「ここでは着物を脱ぐべし」と読む例や、「きょうはあめがふるてんきではない」を「今日は雨が降る天気ではない(つまり晴れ)」とする読み方に対し「今日は雨が降る。天気ではない(つまり雨)」と全く反対の意味になる例などがある。

これは句読点の問題ではないが、私が事件記者だった若い頃、「『おしょくじけん(お食事券)』はありがたいが、『おしょくじけん(汚職事件)』はいらない」などと仲間とふざけ合った記憶もある。最近ではパソコンなどで時々起こる誤転換が、意図せぬ笑いを呼んだりしているようだ。

先日、新聞の見出しをうっかりぎなた読みをしてしまった。米軍普天間基地移設問題で鳩山総理が繰り返して約束している「5月末、決着」を「5月、未決着」と読んでしまったのだ。5月末まであと1か月余、総理の尋常ならざる努力で急転直下の解決があるかもしれないが、常識的には「5月末までの解決は無理ではないか」と見られている。自分の潜在意識がぎなた読みをしてしまったのかもしれない。

総理を擁護する官邸筋あたりは、「われわれは最初から5月では未決着と言っていました」なんて、ぎなた読みを悪用するかもしれない。もちろん、そんな冗談は出ないだろうが、国家の安全保障問題は言葉遊びの世界ではない。総理には、石にかじり付いてもアメリカと約束した「5月末、決着」を履行して頂きたい。

ところで、ODAの世界にも、約束を実行しなければならないものがたくさんある。すぐに思い出すものだけでも、2008年の第4回アフリカ開発会議(TICADIV)で発表した2012年までの対アフリカODAの倍増、民間投資の倍増支援、5年間最大40億ドルの円借款供与、無償資金協力・技術協力の倍増などがある。

これまでの日本のODAの最大の評価は約束したことは実行することにある。ODAの実施額を明記した中期目標は第1次から第4次まで(1977年〜1993年)の間、公約通りにすべてを実施した。2005年のアジア・アフリカ首脳会議で小泉総理が公表した「対アフリカODAを2003年基準にして倍増する」という約束も2007年に達成されている。

小泉総理が約束した対アフリカODAの倍増は、ODA予算が急減する時期の約束だから、実行にはいろいろ苦労もあったようだ。費目の読み替えなどで何とか形をつけたと言う話も漏れ聞こえてくるが、一国の代表である総理が国際的に約束したことの重みは計り知れないものがある。どんな形であれ、目標を達成したことは評価したい。

TICAD IVでの約束も現在、実現に向けて外務省、JICAの関係者らがプロジェクトの発掘などに鋭意努力をしているようだ。今回の普天間基地移設問題で安全保障面での国際的信頼を落とした日本としては、予算不足とは言っても開発協力の世界でまで信頼を落とすわけにはいかない。

「倍増」はどう頭を捻ってもぎなた読みが出来ない。つまり、「ばいぞう」には文字上の言い逃れの手段はなく、文字通り倍増するしか手立てはないのだ。危機的な財政の中でも日本が約束通りに対アフリカ援助を倍増すれば、アフリカの人々はこちらがわざわざ「トラスト・ミー」と言わなくても、「トラスト・ユー」と言ってくれるに違いない。