D評価こそJICAの財産だ

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.236 5 July 2010
JICA国際協力専門員 杉下恒夫

手元に届いてからあっという間に時が過ぎてしまい、少し古い話になってしまった。今回は4月に発行されたJICA事業評価年次報告書2009について触れたい。

一般の方でこの手の刊行物を読んで面白いと思う人は少ないだろう。だが、ODAに多少でも関心がある人なら、JICAの評価報告書にはいくつも興味ある記述がある。JICAのホームページにも掲載されているので、未読の方はご覧頂きたい。

2009年版の全体の構成は、JICAとJBICのODA部門統合後、初の評価報告書となった事業評価年次報告書2008と大差はない。2009年版もP(PLAN、事前段階)、D(DO、実施段階)、C(CHECK、事後段階)、A(ACTION、フィードバック)という評価サイクルのほか、妥当性、効率性、インパクトなど5つの視点から見る国際的なODA評価(OECD/開発援助委員会評価5項目)による評価などJICA評価の仕組みをわかり易く伝えている。

2009年版の一番の特色は2008年まで多少の差異があった技術協力、有償資金協力(円借款)、無償資金協力の3つのスキーム間の評価手法の整合性を高めた点だ。2009年版は外部評価がさらに充実したほか、プロジェクトレベルの評価で円借款に加え、技術協力にも初めて外部評価者によるABCD表示の評価結果レーティング(格付け)が成されている。

これはJICAに限ったことではないが、5,6年前まで行政機関の総合評価には「本事業の目的は概ね達成されたと見られる」、「一部に問題は残すが、一定の効果は成し遂げた」といった文章が散見された。しかし、これでは部外者に該当事業が問題なく遂行されたのか、その逆だったのか分かりにくい。今回の報告書にも従来型の“気配り記述”がいくつか残るものの、プロジェクトレベル評価では格付けが成されているので、誰もが明快に評価結果を知ることができる。

そのレーティングだが全てがAかBでは、お手盛り評価という疑問が出る。しかし、C、Dというシリアスな評価もあり、公正な評価報告書という印象だ。ちなみに2009年版の格付けの分布だが、有償資金協力はAが17件、Bが22件、Cが11件、Dが1件、NAが1件。一方、技術協力はAが16件、Bが11件、Cが3件、Dが1件だった。

俗耳は耳に入り易いという。マスコミなどがAやB評価には目を逸らし、C、Dという評価だけを捉えれば、それがODAの全般の評価として一人歩きする危険は大きい。それを承知であえてレーティングを採用したことに今回の報告書の意義がある。

日本に評価という概念が採り入れられるようになってもう10年以上が経つが、国民の評価への理解は未だに頼りない。評価を査察、査定、証明、レビューなどと混同する誤った文化が今も強く残っている。評価は査定でも査察でもなく、プロジェクトを分析して次の事業の進め方を学び取る作業なのだ。今回、低い評価となった事業の担当者には不満が残るかもしれないが、最初から低い評価を受けようと思って仕事をする人はいない。そこにはやむを得ない事情があったはずだ。その理由こそが今後の事業展開の糧となる。

16件のC,D評価がある2009年評価報告書は多くの貴重なフィードバック資料を提供した。JICA評価部でもC,D評価を深堀してACTIONに繋げるという。近年、他の政府系機関の評価も一段と改善されているが、JICAの評価システムは今も他の組織よりも進んでいるとされる。JICAとしてプロジェクトの事後評価にレーティングを採用したことは、JICAの評価が新たな領域に踏み込んだと言ってもよい。多少の痛みを伴う格付けで、JICA評価への信頼がさらに高まることと期待したい。

今後のJICA評価に注文を付けるとすれば、まだ残る総花的な評価にもっとメリハリを付けることだ。イギリスが現在、イラク戦争について実施している総合検証のように、1つのプロジェクトに時間をかけ、多人数で多方面から多角的に評価する大型評価を年に2,3件採り入れてはどうだろうか。