納得がいかない国際捕鯨委員会(IWC)におけるODA活用批判記事

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.237 20 July 2010
JICA国際協力専門員 杉下恒夫

居酒屋で品書きの中に鯨料理を見つけると、目を輝かせる中年男性は多い。彼らに付き合って私も鯨の尾の身や竜田揚げ、さらし鯨などの料理を味わったことがある。これらの料理をまずいとは思わないが、国際世論の反発を受けてまで食べなければならないシロモノとも思えない。

嗜好としてはあまり関心がないが、鯨料理を日本の伝統的食文化の一つと考えると話は別だ。特に欧米系の人から鯨を食べることについてとやかく言われると、肉食民族の彼らに批判される筋合いはないと反発したくなる。新聞社のオーストラリア特派員時代、カンガルーを銃で撃ってまだ息があるカンガルーの太ももを切り裂いている牧場主を見たことがある。外国人にはひたすら隠すが、当地では牧場を荒らすカンガルーの射殺は日常茶飯事だ。市場価格が暴落したため大量の羊を土中に生き埋めにしていたニュージーランドのテレビ映像も忘れられない。声高に捕鯨反対を唱える彼らの動物愛護精神には独善という言葉がぴったりだ。

しかし、今回の本欄は捕鯨是非論ではない。今回は7月上旬、一部の地方紙に掲載された国際捕鯨委員会(IWC)における日本の活動を非難するロンドン発の共同通信の記事について論じたい。読んでいない方も多いだろうから、記事の概略を紹介すると以下のようなものになる。

「IWCで日本が捕鯨支持派を取り込む『票買い』をしていることに欧米からの批判が強まっている。日本のある大手企業社員が共同通信記者に証言したところによると、この社員はODAの一環、水産無償資金協力を武器にアフリカやカリブ海諸国などの官僚に18年間にわたって捕鯨支持と援助のバーターを持ち掛けてきたという。水産庁担当者からの明示的要請はないものの、捕鯨支持なら支援事業が動き出し、支持しないなら話は終わり。支援プロジェクトは平均で7億円〜8億円。大きいのは27億円〜28億円。十数カ国でこの社員の企業が受注したという」

「この社員はODAが国連安保理常任理事国入りなど国際政治の道具に使われることは理解しているが、(IWCにおける)今のやり方はあまりにも稚拙と感じる。英国のように自国の政策とりつけのため、相手国の農産物輸入など自国民も納得いくようなやり方をすべきで、日本のやり方では国民は税金の無駄遣いと怒るし、相手国にばかにされるのではないか」(以上)

日本のODA批判の根強い理由のひとつとして「ODAで国際社会の票買いをしている」というものがある。だが、私にはこの批判はまったく理解できない。国連や国際機関の場で日本の主張を通すため、日本が持つ数少ない外交ツールであるODAを活用することに何の問題があるのか、批判の根拠すら分からない。IWCのケースで言えば、科学的データに基づいて調査捕鯨の正当性を主張し、さらに、日本の伝統的食文化と捕鯨に従事する人たちの生活を守るために、漁師たちが納める税金で実施されるODAを活用することが、なぜ悪いのだろうか。

世界の主要国は、自国の権益、自国民の生活保護のために経済協力、文化協力ばかりか武器輸出、軍事協力、核技術移転協力など自国が持つあらゆるツールを露骨に使って国際社会を渡り歩いている。日本の「票買い」を批判しているという欧米諸国がその最たる存在だ。また、この大手企業社員は英国を見本として日本のやり方が稚拙だというが、英国のように捕鯨支持の交換に相手国の農産物を輸入して日本の農民が喜ぶだろうか。

大手企業社員は18年もの間、アフリカ諸国などに捕鯨支持と援助のバーターを持ちかけてきたという。世界を股にかけるビジネスマンなら国際社会が魑魅魍魎の世界であり、国際交渉が綺麗ごとでは通じないことを熟知しているはずだ。IWCにおいて日本のやり方が相手国にばかにされると言うのなら、曖昧な英国の事例だけではなく日本の国民が納得のいく方策を提言して欲しかった。

もう一つ、この記事は「6月22日の記者会見で山田農水相は『私の聞いている限り、一切そういう事実はないと思っている』と不快感をしめした」という記述以外、一人の匿名ビジネスマンの見解を長々と一方的に引用して書かれている。これでは公正な記事とはいえない。幅広く取材をせずに、一つの意見だけを長々書いた記事をわれわれジャーナリズムの世界では稚拙な記事という。