まだ足りない—日本の外国公務員に対する贈賄防止努力

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.239 26 August 2010
JICA国際協力専門員 杉下恒夫

外国公務員への贈賄など国際間の汚職を監視しているNGO「トランスペアレンシー・インターナショナル(TI)」が、7月末に2010年の調査結果に関するレポートを発表した。

1993年にベルリンで設立されたTIは、94年からこのレポートを出している。2004年に日本の不正競争防止法が一部改正され、外国公務員贈賄罪に対する日本人国外犯の処罰が導入された頃から、私もTIの調査結果に関心を持っており、毎年この時期になるとTIのホームページを開いて読んでいる。

今年のレポートによると、OECDの「外国公務員贈賄防止条約」を批准している日本など36か国の中で「汚職防止に積極的(ACTIVE)に取り組んでいる」と認められた国は、アメリカ、イギリス、スイス、イタリア、デンマーク、ドイツ、ノルウェイの7か国で、昨年よりも3か国増えた。同レポートによると、この7か国だけで世界貿易の約30%を占めており、世界貿易等の公正化は少しずつ前進しているようだ。

日本は昨年と同じ3段階評価の真ん中、「適度(MODERATE)な実施」という評価に止まった。日本と同じ「MODERATE」とされた国はアルゼンチン、ベルギー、フランス、フィンランド、韓国、オランダ、スペイン、スウェーデンの9か国だ。「MODERATE」諸国の合計貿易量は世界貿易の21%になる。

ちなみに一番低いカテゴリーの「僅か(LITTLE)に実施、または全く(NO)実施されていない」とされた国は20か国で、合計の世界貿易量比率は15%だ。このカテゴリーの中には、中東欧、南米などの国に混じってオーストラリア、カナダ、ニュージーランドなど公務員の贈収賄に厳しい対応をしている印象の国も入っている。イタリアには怒られるかもしれないが、カナダが「LITTELEor NO」で、イタリアが「ACTIVE」というのは、いささか予想外の結果だ。穿って考えると、イタリアはそれだけ外国公務員に対する贈賄事件が多いということなのだろうか。

世界的に国際商取引のモラルが低かった戦後の一時期、外国公務員に対する贈賄は世界中で日常的に行われていたと思う。その頃、日本でも東南アジアなどの外国公務員に対する贈賄があったことは間違いないだろう。深田久弥さんの小説「神鷹(ガルーダ)商人」などを読むと、小説とはいえその雰囲気が明快に伝わってくる。

21世紀になった今でも、国際商取引の中でこうした悪習が巧妙に手口を変えて残っていることは間違いない。特にOECDの贈賄防止協定を批准していない中国、ロシア、ブラジルなど国々の商業モラルには疑惑がいっぱいだ。批准国以外の貿易量が世界の3分の1を占めるようになった現在、TIには新興国の外国公務員への贈賄事件にも是非、監視の目を光らせて欲しい。

外国公務員に対する贈賄事件は、民間貿易にだけ発生するものではなく、ODAにも付き纏う。それどころか、相手国政府が主導する事業であるODAは、民間の事業よりも発生する危険性が高い。前述の2004年の不正競争防止法改正のきかっけの一つになったのは、2002年にモンゴルのODA事業を巡って日本の総合商社社員がモンゴル政府高官に現金百数十万円を渡した疑惑が発覚、東京地検の捜査を受けたことだった。

不正競争防止法改正後も外国公務員に対する贈賄という悪習は残っていた。2008年には日本の大手コンサルタント会社が同法の網をくぐる目的で香港にトンネル会社を設立、この会社に流した裏金を使ってODA事業受注活動をしていたことが問題になった。また、2009年に同じコンサルタント会社の幹部がベトナムのODA事業を巡ってベトナム政府高官に賄賂を渡したことにより、同法違反で東京地裁から有罪判決を受けている。

JICAはこうした不正を働いた企業に厳しい対応をしており、日本のODA関連事業で、外国公務員に対する贈賄という悪習はもう無くなったと信じたい。

事業量が激減した日本のODAは今後、プロジェクトの質の良さで他の主要援助国に対抗してゆくことが、開発援助の世界での位相となる。インパクトの強いプロジェクトの実施とともに、クリーンな援助もODAの質の向上に欠かせない要件だ。外国公務員への贈賄など卑劣な事件に、JICAは今後も怠りなく監視の目を向ける努力が必要だ。