青年海外協力隊員も持っている奥・井ノ上氏の心

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.245 15 November 2010
JICA国際協力専門員 杉下恒夫

2005年4月11日の本欄(Vol 117)でも書いたが、私は2003年11月、イラクで復興支援活動中、凶弾に倒れた奥克彦大使と井ノ上正盛一等書記官の遺志を引き継ぐために設立された「奥・井ノ上イラク子ども基金」の選考委員を引き受けている。

同基金では毎年、2人の遺業を忍び、かつ2人の熱い心を次の世代に伝えるため「奥・井ノ上メモリアルフォーラム」を開催してきた。7回目にあたる今年は法政大学で私が行っている授業と、萩谷順同大教授の授業の時間帯をフォーラムに充て、11月4日に同大市ヶ谷校舎で開催した。

今年のフォーラムには、初めて駐日イラク大使としてルクマン・フェーリ大使が参加され、犠牲となった両外交官への謝意を述べられた。このほか、同基金の選考委員をされている外交評論家、岡本行夫さん、基金の運営委員で早稲田大学ラグビー部では奥大使の後輩にあたる同大ラグビー部の清宮克幸元監督(サントリー・サンゴリアス前監督)、同じ運営委員で奥大使と外務省同期の山田彰国際協力局参事官らも参加、約200名の学生とともに国際における日本の立ち位置について考えた。

基調講演をされた岡本さんは、最近の日本の若者の内向き姿勢を憂慮、奥大使のように何事にも前向きに取り組む気持ちの重要性を説かれた。岡本さんは人間には命じられたことに必要な分だけ対応するReact型人間と、Mandateを超えてさらに自ら探究、環境改善を目指す奥大使のようなPro・Active型の人間がいると話し、今の日本に必要なのはこのPro・Active型人間であると強調された。

話はフォーラムから外れるが、11月上旬の読売新聞紙上で今年のノーベル化学賞を受賞した根岸英一パデュー大特別教授が、今年の同賞受賞者、鈴木章北大名誉教授、2001年の同賞受賞者、野依良治理化学研究所理事長と対談されていた。主催者から月並みに日本の若者に送るメッセージを依頼された根岸さんは色紙に「Pursue Your Lofty Dream with Eternal Optimism」と書かれ、「高い夢を持って、楽観主義でそれを追及しましょうということです。若者の夢は高ければ高いほど良い。英語で書いたのは、それが世界語だからです」と話していた。

分野は違うが現代日本を代表する存在である2人が、期せずして同じことを若者に望んでいると私は感じた。つまり、安全運転を優先、なかなか未知のエリアに挑戦しようとしない最近の若者に「失敗を恐れずに自己の能力を信じてもう一歩、踏み出してみろ」と両氏は激励しているのだ。私の周辺の若者を見ていても、確かにチャレンジ精神が欠落している若者が多いように思う。みんな“良い子”ではある。だが、夢はなくとも、日々の生活はなんとかできるという現状に疑問もなく安住しているのだ。

戦後の荒廃から必死になって立ち上がった親たちに育てられ、日本が世界の一流国家になるとことを夢見て生きていた中年以上の世代は、物事を前向きに考えない今の若者が歯がゆくてしかたがない。しかし、日本の若者がネガティブな思考法になったのは、なにも若者だけの責任ではない。

彼らの父母、祖父母であるわれわれ中年以上世代は、戦後半世紀にわたって辛苦して築いた豊かで安全な国家を維持することのみを考えて、子供たちに守りの姿勢を教え込む傾向があった。争い事はことごとく避け、ただ平穏な生活を求める社会の中で過保護に育てられた若者に、冒険を求めること自体が無理な話なのだ。バブル経済の狂乱から目覚めてから大人たちの守りの姿勢はいっそう強くなり、石橋でも渡らない社会の風潮が若者たちをいっそう委縮させている。

岡本さんは講演の後半で、過酷な生活状況に自ら飛び込んで途上国の開発協力のために頑張っているJICAの青年海外協力隊員に触れ、「こんな閉鎖的な日本社会にあって、珍しく勇気を持った貴重な若者たちだ」と称賛した。

ところが、最近の日本社会はこうした若者たちのやる気まで奪おうとしている。昨年末からの行政刷新会議の仕分け人は、青年海外協力隊などJICAのボランティア事業について「なぜ、ボランティア事業を国策として推進するのか」「現地のニーズに合わない隊員を送っているのではないか」「数合わせで送っている隊員もいるのではないか」などと、事業の見直しを求めている。行政刷新会議は、協力隊事業をムダだらけの事業と判定しているようだ。

こうした日本の様子はアフリカやアジアの僻地で、懸命に働く隊員たちにも伝わっており、彼らは「母国はわれわれをその程度にしか評価していないのか」「自分たちはここでなぜ、こんな苦労をしているのか」と嘆き、志気を失っているという。

協力隊員のように、今ではわずかになった積極的なやる気を持つ若者の心まで委縮させて、日本はこれからの国際社会でどうやって生きてゆこうというのだろうか。現在の日本を動かしている人たちの視野の狭さにはいささか腹が立つ。Japan Vanishingとまで言われる昨今、自ら国際社会から身を消す努力などしなくて良いのだ。

岡本さんに協力隊員たちの無念の思いを伝えたら、その顔は曇っていた。