日本でも作成して欲しいQDDR(「4年ごとの外交・開発見直し」報告書)

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.249 10 Feb 2011
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

昨年12月、米国務省が報告書「4年ごとの外交・開発見直し」(QDDR:THE QUADRENNIAL DIPLOMACY AND DEVELOPMENT REVIEW)を初めて発表した。このQDDRは、既存の「4年ごとの国防計画見直し」(QDR:QUADRENNIAL DEFENSE REVIEW)と対をなすアメリカの外交・開発の中期的な基本政策になる。

ペアとなるQDRはクリントン民主党政権2期目の1997年に初めて出された。政権が交代したブッシュ政権下でもQDRは継続され、2001年と2006年に作成されている。オバマ政権では2010年2月に4回目のQDRが発表され、日本のマスコミでも大きく報道されているから、アメリカの中期国防戦略を示す報告書として、われわれにもすでに馴染が深い文書だ。

クリントン元大統領がQDRを創成したのは、自分の2期目の任期中にアメリカは、どのような国防戦略を採るのかを議会・国民、さらに国際社会に示そうという目的からだった。4年という日本人には半端に映る年数は、大統領の任期4年に拠るものに他ならない。

年末に米国務省から発表されたQDDRは、日本でも新聞各紙で報じられたが、紙面でQDDRの文字を見て、何のことかと思った人も少なからずいたと思う。しかし、米国務省内ではもう1年近く前からQDDRの早期作成が大きな課題だった。QDRを作った夫の助言があったわけでもないだろうが、クリントン国務長官も就任直後からQDDRの作成に意欲を燃やしていたという。

対置するQDRがおよそ1年前に発表されたのに比べ、QDDRの作成が遅れたのは、初の報告書ということで内部の調整に手間取ったことがある。しかし、遅れたもっと大きな原因は、そもそもQR(QUADRENNIAL REVIEW:4年ごとの見直し)というものが選挙公約的なものでなく、実現可能な政策を列記する文書と位置づけられているためだ。出来もしない政策を机上で作り上げたのでは、QRとは言えない。現実的な戦略となると当然、予算、人事など議会対策に比重がかかる。昨年11月の中間選挙で民主党が大敗、下院で共和党に50議席近い差をつけられたことも初のQDDR作成を遅らせた大きな原因だったろう。

推測だが、当初の予定よりもさらに2、3か月遅れて発表されたと思われるQDDRは、日本の新聞などでも概要を知ることができる。詳しい内容については米国務省のホームページで読むことをお勧めする。

ここでは話を進めるために要旨だけを引くと、QDDRは以下のような文書になる。最大の狙いはアメリカのCIVILIAN POWER(民生力)を、紛争予防、テロ対策などアメリカの国際貢献策に活用しようということだ。国務省、国際開発庁(USAID)等の文民機能の増進を図り、優位性を保つ軍事力と一体化しながら、総合力で変貌する国際社会でのアメリカの主導力を維持することを謳っている。

アメリカが新たな対応を迫られている国際社会の変化とは、中国、インドなどの新興勢力の台頭、IT技術の革新とサイバー攻撃、地域紛争・テロなど不安定要因の高まりであるが、国際環境の変化はアメリカの衰退に繋がるものではなく、むしろアメリカの主導力をさらに高める機会でもあるともいう。具体的政策としては資源獲得競争の激化に対応する「エネルギー・資源局」、テロ問題で国際連携を推進する「テロ対策局」の設置や、「チーフ・エコノミスト」の新設などが挙げられている。

開発に関しての記述にはアメリカが開発分野で相対的に優位な位置にある食糧問題、国際保健、気候変動、持続的な開発、民主化、ガバナンス、女性と女児の権利を配慮した人道支援などに重点を置くとしている。また、援助を実施する相手国とのパートナーシップを強化、プロジェクトの監視、評価機能を高め、インパクトの強い事業を実施するという一文もある。USAIDが今後も世界の指導的援助機関としての責務を果たすための施策としては、技術的専門性の向上、組織の機能化、未来志向型の組織への転換などが挙げられている。さらに、2012年度末までに保健分野で達成すべき目標なども盛り込まれた。

やっと完成したQDDRだが、共和党が多数を占める議会対策など、実施には難関が待ち受けていることは間違いない。しかし、米政府は今後、QDDRとQDRを外交・防衛・開発政策の二本柱として実施に全力を挙げる構えだ。

翻って最近の日本の外交、開発、防衛政策を見ると、2つのQRのような明確な施策が見えてこないのが気にかかる。1月24日、通常国会の開会において恒例の政府4演説が行われた。首相や外相の演説を翌日の新聞で読んでみると、停滞する日本社会の活性化に腐心する様子は感じられるものの、前向きな国際貢献策は見えてこない。特に政府開発援助(ODA)については、ほとんど言及されなかった。

首相の施政方針演説の一項目、「平和創造に向けた貢献」の中に「環境問題、保健・教育分野での協力、アフリカなどの開発途上国に対する支援」という文言があるものの、それ以上具体的な言及はない。USAIDの組織改正など具体的な施策が並んでいる大部のQDDRに比べるとあまりにも簡単だ。途上国の人には何のインパクトもない演説だったろう。

ここではODAにだけ絞って注文するが、苦しい財政の中で捻出するODA予算だからこそ、日本はどのような目的を持ってODAを実施するのか、より明確にすべきだった。QDDRやQDRのような明確な国家の指針を持たない国際協力を続けていると、量の縮小を質の向上で補おうという我が国の国際貢献策の実行はとてもおぼつかない。