「自然の同盟関係」を活かした対ベトナム経済協力を

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.280 19 Apr 2012
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

2002年から2008年までベトナム大使を務め、日越友好関係の促進に多大な貢献をされた服部則夫氏(その後2008年‐2010年OECD大使、現在はオフィス・ハットリ代表)から先日、「ベトナムと云う国—日越自然の同盟関係」という小論が私のもとに届いた。

同氏はこの小論の中でベトナムという国を「政治、経済、文化等あらゆる面で基本的利害の対立は無く、一方にとっての利益は同時に他方にとっての利益でもあるような関係」、「地政学的にも歴史的にも東アジアで置かれた立場(特に対中国)の類似性」、「日本からのODAが全体の3分の1(2002年当時)を占め、経済社会開発に於いて極めて大きな役割を果たしていること」、「同質性の高い国民性」などを理由に挙げ、世界でも類を見ない日本と「自然の同盟関係」にある国だと書いている。

文中、ODAについての部分をさらに抜き出すと「ベトナムほど日本のODAが効果的かつ真面目に使われている国はなく、いわば日本のODAのショウウィンドーであり、ニーズも高く、その感謝度は並ではない。日本のODAプロジェクトには必ず日本とベトナムの国旗をあしらった大きな看板が立てられている」としている。

ちなみに日本のODAが縮小されている現在でも、日本はベトナムではトップドナーの座にあり、2010年版「ODA国別データブック」(外務省国際協力局編)によれば、2008年の日本の対ベトナムODAは総額6億1900万ドル、2位のフランス(1億6500万ドル)、3位のイギリス(1億2500万ドル)に大差を付けている。日本の対ベトナム援助は円借款が中心で、ベトナム全体の二国間援助に占める日本の比率は、2002年当時よりもさらに高くなって40%弱に達している。

JICAでもそうであろうし、私のいた新聞社でもしばしば同じことが囁かれたが、任国で満足のゆく仕事をした人は、自分が働いた国のことを後々までも悪く言わないものだ。逆に昔の任国の悪口ばかり言う人もいる。こういう人は概ね十分な仕事をしてこなかったのだろうとも言われた。対ベトナム外交で大きな成果を挙げた服部大使がベトナムを高く評価するのには、こうしたかつての任国を愛する個人的感情もあるだろう。だが、客観的に見てベトナムと日本が「自然の同盟関係」にある国という見解に同意する人は多いはずだ。

ベトナム戦争が終わって間もない頃のハノイなどには、まだ、どこか一党独裁政権の不気味さを感じる部分が残っていた。だが、今ではどこに行っても日本人にとって居心地の良い国であり、私もその心地の良さを実感した旅人の一人だ。何度目かのベトナム訪問の際、一人でホーチミン市内のレストランに入り、ベトナム人客の様子を見ていて振る舞いが日本人と似ていると感じた記憶がある。

ベトナム人はキン族と呼ばれる民族が人口の90%近くを占める。私の細やかな中国の歴史認識では、古代中国で南夷と呼ばれる未開の民族に属したはずだ。南夷ではあるが、15世紀半ばに中国・明朝から独立するまでは、明らかに中国の一部だった。言い換えれば、ベトナムは中国文化圏の中で歴史を育んできた国であり、服部大使が小論の中で指摘しているように、「義理」や「恩」を大切にする儒教的価値観を多分に残している。蛇足ながら、ベトナムは日本、韓国とともに世界に4つしかない漢字国家の1つでもある(19世紀のフランス植民地時代にローマ字表記に変わっているが…)。

ベトナムは80年代半ばからの「ドイモイ(刷新)」政策によって、急速な経済成長を続ける国であることは周知の事実だ。しかし、多くの日本人のベトナムに対する認識はベトナム戦争で止まってしまう。もう少し詳しい人でも、対仏インドシナ戦争と仏軍を壊滅させたディエンビエンフーの戦いぐらいまでだろう。あとは一気にベトナム料理やアオザイ、安価な小物ショッピングに象徴される現在の人気観光地のイメージになってしまう。

だが、この小論で指摘するように日越関係は、そんな表面的な事象では収まらないほど、深く固い。ベトナムには古来より「遠交近攻」という国家政策がある。遠い国(例:日本)とは親しく交わり、近い国(例:中国)とは戦うという基本的な外交政策だ。2005年、日本が国連安保理常任理事国入りを目指して国連外交を展開した時、ほとんどのASEAN諸国がそっぽをむいた中で、最後まで日本の常任理事国入りを支持してくれた数少ない国だった。これも、日本と親しく交わろうという国是が機能したのだろう。今、世界を見渡して最も信頼できる友邦の一つであると言って過言でない。

ベトナムはミャンマーとインドシナ半島東西経済回廊で両端をなす国だ。社会主義下の市場経済という中国と同じ跛行(はこう)の課題は残すものの、間もなく1億人に達すると予測される市場と優秀な人口資源に、各国の政府、企業が熱い視線を送っている。日本も高速鉄道の建設など、経済成長戦略の柱となる官民合同の大型インフラ案件をいくつも計画中だ。

前述のように日本は対ベトナムODAのダントツのドナーである。この優位性と「自然の同盟関係」という不二の国家関係を活かして、今後の両国関係がさらに強固なものになることを期待したい。服部大使の小論は「アジアで日本と真正面から接してくれる国はベトナムぐらいだ。ベトナムを失ったら日本はもう浮かばれない。後輩どもよ、知恵を出せ、汗をかけ」と厳しい言葉で結んであった。