野田・胡個別会談回避は日本の誇り

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.282 25 May 2012
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

5月13日、北京で行われた「第5回日中韓首脳会談」は、3国間の自由貿易協定(FTA)締結交渉の年内開始、海難救助など海洋安全確保での協力推進などが話し合われて閉会した。中国の強硬な反対で、共同宣言に北朝鮮の核開発自制を促す文言が消えたのは残念な結果だった。

2008年以来、毎年行われている「日中韓首脳会議」は、国内総生産(GDP)で世界の2,3位と15位(2011年)の首脳が膝を突き合わせて話し合う会議だから、もっと世界の注目が集まっても良いはずだ。しかし、世界の関心はいま一つ低い。政治、経済問題などで複雑に絡み合う3国の思惑が、いつも会議をギクシャクしたものにしており、明快な共通目標を構築できない空疎な会議という印象が強いからだろう。今回の首脳会議もその流れを変えることは出来なかった。

そんな会議の中で日本のマスコミが強い関心を寄せたのは、会議後、胡錦濤国家主席が李明博大統領とは個別会談をしたのに、野田首相と個別に会わなかったということだ。日本政府は「日程の都合上…」と冷静に受け止めているが、マスコミは、前日の首脳会議の席上、野田首相と温家宝首相の間で尖閣列島を巡って激しい応酬があったことや、5月14日から東京で、亡命ウイグル人組織「世界ウイグル会議」(本部=ドイツ・ミュンヘン)の代表会議が開かれることに中国が不満を持っていること、などから個別会談が回避されたと推測している。

尖閣、ウイグル問題の2つの合わせ技で、野田・胡会談が消えたのだろう。しかし、いかなる理由があったとしても、ゲストとして招いた一方の首脳とは個別に会っておいて、もう一人とは会わないというのは、外交慣例からみても失礼な話だ。中国の「普通の国家」への道のりは、まだまだ遠いと言わざるを得ない。

日本国内にも驚く声があった。会議の後、テレビを見ていたら胡主席が韓国の大統領とは個別に会いながら野田首相と会わなかったのは、日本軽視の現われであり、外交当局の調整能力不足であるといった趣旨の発言をする人がいたことだ。

繰り返すが、個別会談回避の理由は、外交慣例を無視した中国側の独善的な判断であり、日本政府の失態ではない。もっと深く考えてみよう。今回の個別会談拒否の理由の一つが「世界ウイグル会議」の開催問題であったとすれば、われわれ日本人は両首脳が個別に会わなかったことを、むしろ誇りに思うべきではないだろうか。

経済に軸足を置き過ぎて北朝鮮問題で中国に譲歩を重ねた李大統領よりも、最後まで自国の権益を主張して、かつ民主国家としての矜持も崩さなかった野田首相のパフォーマンスのほうが、よっぽど恰好が良い。「世界ウイグル会議」は、民間団体主催の会議ではあるが、ラビア・カーディル同会議議長のビザ発給などに政府が難色を示し、結果、胡主席との個別会談が実現しても、それは世界に日本の恥をさらすだけだ。私がチェックした限りだが、日本の主要マスコミは、野田・胡会談の不成立を批判こそしなかったが、称賛する論調は見られなかったのは、物足りない。

中国外務省の副報道官が定例記者会見で強い不満を示すなど、中国の度重なるけん制にも拘らず、東京・千代田区の憲政記念館で行われた「世界ウイグル会議」は粛々と4日間の日程をこなした。会場は中国政府の弾圧中止を求める声で埋め尽くされたという。

2004年にアメリカで設立された「世界ウイグル会議」についての国際評価は、必ずしも一致しない。市民レベルだが、欧米諸国が概ね支援する一方、国内にウイグル族が住む中央アジア諸国、民族紛争の火種を抱えるロシアなどは批判的だ。日本国内でも懐疑論がある。今年の会議に出席した日本の国会議員らの顔ぶれを見ても、政治的に中国政府に厳しい立場に立つ一定の人たちに支援された会議という印象だ。

だが、2009年に起きた暴動の顛末などから判断して、新疆ウイグル自治区に住む約1000万人のウイグル人が、漢民族に自分たちの土地や経済利権を奪われ二等国民化し、経済格差や民族文化の衰退などに苦しんでいることは明らかだ。カーディル議長(東京会議で再選)が言うように「中国政府による抑圧の実態を世界の人々に知ってもらうこと」が、会議開催の目的であるのなら、今回、日本人にウイグル問題を考える機会を作ったことで、会議は意義あるものとなった。

昨年12月から今年2月にかけて読売新聞とイギリス・BBCが世界の27か国で行った共同世論調査で、日本が「世界に最も良い影響を与えている国」に選ばれたというニュースが3月の読売新聞にあった。4月末、日本政府に和平協議の仲介役を依頼するため、ミャンマーの少数民族武装勢力連合組織「統一民族連邦評議会(UNFC)」特使が来日したことや、「世界ウイグル会議」のような会議が日本で開催されることは、日本という国が民族問題にも民主的に対応できる国と、世界から評価されている証拠であり、前述の共同世論調査の結果を裏付ける。
日本のODAにおいて、民族問題が今後も大きな障害となることは間違いない。ODAの効率化という観点だけでなく、一歩踏み込んで世界から最も信頼されている国家としてのODAを考えると、現在よりもさらに積極的に民族問題解決に寄与するODAというものを考えても良いだろう。