途上国の差別の内在化はイエロー・カード

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.284 28 Jun 2012
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

「引き裂かれた社会を一つにしよう」。なにやら今秋のアメリカ大統領選のオバマ、ロムニー両候補者のスローガンのようでもあるし、次の日本の総選挙のいくつかの党が出す公約のようにも聞こえる。だが、これは1995年のフランス大統領選の際にシラク候補が掲げたスローガンだ。

ミッテラン大統領の後任を決めるこの年の仏大統領選は大混戦だった。93年の総選挙で保守系政党が大勝、ミッテラン大統領の与党社会党は惨敗した。この結果、首相には第1党、共和国連合(RPR)=現在の国民運動連合(UMP)の母体のひとつ=のバラデュール元蔵相が指名された。今で言うならフランスの政治は、保革共存政権というねじれ現象の中にあったわけだ。

この年の大統領選をさらにややこしくしたのは、本来なら首相になるはずのRPR党首シラク元パリ市長が次期大統領を狙って首相就任を断ったことだ。パラデュール政権は、大方の予想に反して国民の支持率が高く、自信を深めたパラデュール首相も大統領選に出馬、同じ党からの2人の候補が出馬するという異例の兄弟対決となった。このほかにも社会党のジョスパン第一書記(のちに首相)、極右政党、国民戦線のジャンマリー・ルペン党首(マリーヌ・ルペン現・国民戦線党首の父)など9人が乱立した。第1回の投票ではジョスパン第一書記が1位、シラク党首は2位に甘んじる結果となったが、決選投票でシラク党首が勝って、3度目の挑戦でめでたくフランス第5共和制5人目の大統領になったのだ。

この時、シラク候補がなぜ、「引き裂かれた社会の修復」をスローガンに選んだのか。混乱した大統領選後の国民の結束を頭に描いていたわけではない。2007年に大統領を辞任した後、シラク氏は「もともとは左翼系学者の概念であるこの言葉を私があえて取り上げたのは、フランスで大きな問題となりつつあった移民問題の解決を模索していたからだ。国民を等しく人間として処遇する普遍主義を国是とするフランスでは、人種差別問題が内在化して打ち倒すシンボルになり難い。だから、あえてこの言葉を選んだのだ」と述懐している。

人種が異なってもひとたびフランス国籍となれば、同じ文化のもとで、同じフランス人として扱うフランスの普遍主義は、長らくこの国のパワーの源であり、世界の理想でもあった。普遍主義は、2011年4月に発効した「ブルカ禁止法」などになって現在も生きている。しかし、公の場でイスラム教徒の女性が顔を隠すベール(ブルカ)の着用を禁じ、違反者には150ユーロの罰金が科されるというこの法律に、最近は国内外で疑問の声のほうが強い。

だが、国際社会全体で見れば、グローバリゼーションという流れの中で、人々の生活の普遍化は急速に進んでいる。ニューヨーク5番街を歩く若者も、アフリカのサバンナ地帯を歩く若者も、ジーンズにTシャツという共通のファッションを好み、世界の果てまで行ってもマクドナルドやコカコーラを飲食する人の姿がある。あえて国是としなくても普遍主義は自然に世界に拡大してゆくのだろう。

怖いのはシラク氏が17年前に危惧した差別の内在化だ。現代社会の差別は人種、宗教などの壁を超えて、貧富の差という形で世界のいたる所に広がっている。95年当時、シラク氏は「アメリカには皮膚の色の違いによる明快な差別があり、打ち倒す目標にもなりやすい」と語っていた。だが、現在のアメリカは、19世紀から白人と有色人種の間に明確に存在した「カラー・ライン」が綻んでいる。

時間をかけて公民権法が浸透してきたことで、政官界、学界、スポーツ界などに有色人種の進出があり、豊かで知的な有色人種も多数、生まれてきた。逆に社会からはみ出す貧しい白人も目立つ。もちろん、まだ十分ではないが、皮膚の色だけによる社会差別が薄らぎ、打破すべき攻撃対象が曖昧になっていると言える。「カラー・ライン」の綻びは、喜ばしいことではあるが、差別される側の人々の内在化、複雑化はアメリカ社会の真の弱者の姿を見え難くするという新たな問題を引き起こしているようだ。

日本はもっと深刻だ。経済格差による引き裂かれた社会の常在化が憂慮されているのに、救済すべき弱者の姿が見え難い。日本社会は同一民族、同一文化という歴史的環境の中で普遍化が著しいことや、経済成長期、多くの国民が感じた中流意識が、今も頭の片隅に残っているからだろう。

途上国ではどうなのか。こちらでも少なからず格差の内在化が進んでいることは間違いない。世界経済の推進力とされ、急速な経済成長を遂げた一部のアジアの国では、繁栄する社会のダイナミズムの中に、取り残された人々の姿が巻き込まれて見え難くなっている。経済が上向き始めた多くのアフリカ諸国でも近い将来、同じことが起きることは必至だ。これからもわれわれはアフリカやアジアの後発国へのODAを続けることになるが、量と質の維持はもちろんのこと、その国のどんな層が生活に苦しみ、外国の支援を求めているのか、内在化した差別を詳細に解きほぐす努力が欠かせない。
途上国の引き裂かれた社会の構造を正しく分析し、明るい光の影に隠れた弱者にも支援の手を差し伸べる援助政策の実施が、最新の世界情勢に基づく国別援助といえる。