夏バテに追い討ちをかけたダブル党首選

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.287 27 Sep 2012
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

本欄はJICAのウェブ・リニューアルの関係で2か月ほど休載させて頂いた。その間、知識の蓄電でもしようと考えていたのだが、暑くてボーっとしている間に再開と言うことになった。隙間が目立つネタの引き出しを横目に、再びパソコンに向かっている。

さて、今年の夏も長く暑かった。

夏が終わりに近づき、いよいよ身体がバテてくると、「ロング・ホット・サマー」と呟くのがいつの頃からかの癖になっている。「あつい」「あつい」と唸るよりも、いくらかキザだが、こう呟いたほうが暑さを忘れる気がするからだ。

このフレーズがいつごろから頭の中にインプットされたのか定かでないが、古いハリウッド映画「長く暑い夜」の原題「The Long Hot Summer」が、頭の隅にこびり付いたからのように思う。映画はアメリカのノーベル文学賞作家、フォークナーの「The Hamlet」を脚色したというが、いろいろな問題を抱える家族の中に流れ者(ポール・ニューマン)がやってきて、彼と父、娘、友人たちが織りなす人間関係が、濃密に描かれるストーリーだった。タイトルからして暑そうだが、それだけでなく、登場人物の複雑な感情の交錯が若い青年(当時)には重苦しかった。それで、このフレーズがうんざりする暑さに連動するのだろう。

しかし、今年の残暑が体に堪えたのは、いつまでも勢力が衰えなかった太平洋高気圧のせいだけではない。世界の各地で演じられたホットな政治劇も暑さを助長したように思う。アメリカは11月6日の大統領選の投票に向け、民主党のオバマ大統領と、激しい中傷合戦を勝ち抜いた共和党のロムニー候補が、58期目の大統領の座を目指して激戦を繰り広げている。大統領選も共和党候補の指名争い同様、お互いの失点を攻めるネガティブ・キャンペーンが目立ち、太平洋の向こうから清涼な風は流れてこない。

中国も10月下旬に開かれる共産党第18回大会での指導部交代を前に、胡錦濤主席派の共産主義青年団(共青団)と、高級幹部子女グループの「太子党」などとの間で、政治局員のポストを巡っての争いが激化している。9月に入ってからは、一時期、胡主席の後継が決まっている習近平国家副主席の体調不良説なども飛び交った。中国政治の舞台裏は外部からは見えにくいが、内情は政治局員候補のスキャンダル暴露など、相当過熱している模様だ。韓国も12月の大統領選を控えて与党セヌリ党候補の朴槿恵氏の対抗馬争いが激しくなっている。9月16日、最大野党・民主統合党は文在寅議員を公認候補として指名したが、19日には国民の間で人気が高い安哲秀ソウル大教授が無所属で出馬を宣言、韓国大統領選も、さらに熱を帯びてくること間違いない。

2011年はじめ、チュニジア政変に端を発した“アラブの春”は、リビア、エジプトの長期独裁政権の崩壊を導いたものの、これらの国のその後の政局は不安定だ。“アラブの春”どころか“アラブの残暑”と揶揄したくなる状況が続いている。財政危機国への支援を巡って政局が動いている欧州各国も、爽やかとは言い難い政治情勢だ。

だが、一番、日本人に夏バテを感じさせたのは、民主、自民両党のダブル党首選だったのではないか。民主党代表選は、最終的には4人が立候補したが、猛暑とともに水面下で動き出した前哨戦は、政策論争よりも自己の保身に都合の良い候補を担ぎ出そうとする議員らの動きが国民をうんざりさせた。自民党総裁選も、40年前に同党総裁選に立候補制が導入されて以来、2度目という5人の候補者が立ち、乱戦を繰り広げた。民主党代表選の投開票日は21日、自民党総裁選の投開票日は26日で、本稿執筆時(19日)まだ結果が分からない。しかし、両党のリーダー決定後は、爽やかな秋風を感じる清新な政治が戻ることを期待したい。

こう書いていると政治に清涼感を求めること自体が無理なのか、という気もしてくる。先進国、途上国の区別なく、政治というものは多様な考えを持つ人と、その代弁者たちが入り混じり、ヒラ場の討論だけでなく、見えない場所で火花飛び散る駆け引きを繰り返し、何かの結論を産み出す行為ともいえる。政治は歴史でもあるが、近代政治史を読み返すと、裏の駆け引きが進路を決めた事例も多く、政治はもともとドロドロ熱いものなのだと思わせる。

陰で行われる駆け引きが熱い坩堝の中で繰り広げられるものであっても、公益を優先する民主的なルールが守られたか、逆に権力、金力、また途上国なら武力、暴力などを使った不正なものだったのか、ということが正則政治と変則政治の分かれ道となる。政治の変則を失くすのは、政治家の質の向上はもちろんだが、影の動きを見る有権者の透視力の涵養も欠かせない。

最近ではあまり、話題になることが少なくなったが、日本のODA大綱には「『良い統治』の確保を図る」という一文がある。「良い統治(グッド・ガバナンス)」は、国民の政治への公平な参加機会の担保が目的の一つであり、冷戦終焉後、日本も多くの途上国で「良い統治」の実現のために尽力した。民主化を実現した途上国は、まだ少ないが、着実に民主化の歩みを進めている国も多い。

こうした国の人々に今夏、日本とアメリカで繰り広げられたリーダー選びがどう映ったのか興味深い。大衆に迎合する姿勢が目立つ最近の日米の政治家の姿に「これが民主主義のお手本だ」と思った人がいただろうか。国民の政治参加の在り方、さらに民主主義とは何か、炎天の空から問われる夏でもあった。