赤いチャンチャンコがいくつあっても足りない世界

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.291 14 Nov 2012
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

国連人口基金(UNFPA)が10月に出したレポート「21世紀の高齢化:祝福すべき成果と直面する課題(Ageing in the Twenty-First Century: A Celebration and Challenge)」の日本語版を読んでいて「ウーン」と唸る記述があった。それは、冒頭部分の「世界では毎秒2人が60歳の誕生日を祝い、1年間では約5800万人が還暦祝いをする」というくだりだ。念のために英語版を読むと、もちろん還暦という言葉はなく、60thとか60 or overとなっていたが…。

過去10数年、国際社会の問題を語るとき、「地球上では2秒に1人、5歳未満の幼児が死んでゆく」とか、「サハラ以南のアフリカ地域では1000人の新生児のうち、178人が5歳未満で死亡する」といった乳幼児の死に関するデータが頻繁に引用されてきた。今も後発の途上国における子どもの医療環境が劇的に改善されたわけではないが、このレポートを読むと、地球上では高齢者の急増という乳幼児の死亡と逆の現象が、加速していることを実感する。

レポートには「現在、高齢者人口が1000万人を超える国が世界に15か国あり、そのうち7か国は途上国である」、「1950年当時、世界には60歳以上の人口が2億500万人いた。2012年にはこの年齢層は8億1000万人になり、2050年までには20億人に達すると推計される」、「2010年−2015年の平均寿命は先進国で78歳、途上国では68歳であるが、2045年−2050年には先進国の新生児は83歳、途上国の新生児は74歳まで生きる」などの記述が続く。

付表にあるUNDESA(国連経済社会局)の資料は、先進国の60歳以上人口が2012年から2050年までの期間、3億人から4億人前後という緩い増加に止まる反面、途上国では5億人から16億人前後、約3倍に増えることを推計している。

地球上に高齢者が増えることは、このレポートのサブ・タイトルが示すように「祝福」と「新たな難問」という、相反する2つの事象が同時に発生することでもある。長寿はめでたいことで、誰もが素直に祝福できる。しかし、問題は後者、高齢化社会が産み出す数々の難題だ。高齢者対策は、先進国においてすでに国家を揺るがす爛頭(らんとう)の急務となっているが、今後の爆発的な高齢人口の増加を考えると、途上国における高齢者問題は、もっと深刻だ。現在は先進国を中心に考えられている高齢化問題だが、間もなく途上国の開発の最大のネックになる可能性も高い。

14歳以下の年少人口と65歳以上の老人人口は、従属人口とされる世代だ。従属人口は簡単に言えば、15歳〜65歳の生産年齢人口に支えられて生きる世代であり、従属人口の増加がその国の社会に与える負荷は、どちらかというとマイナス面のほうが大きい。「人口ボーナス(Bonus)」に対し、「人口オーナス(Onus=重荷)」と呼ばれる状況を形成する。

人口の高齢化によって引き起こされる問題は枚挙の暇がない。人口の30%が60歳以上という社会を構成する現在の日本を見れば、誰にも理解出来ることだが、社会保障、医療保険制度の維持、高齢者の所得、雇用対策、健全な肉体・精神の保障など社会の高齢化は、未知の難題をつぎつぎ運んでくる。経済大国となり一定の社会保障、健康保健制度を確立した日本ですら、対応に四苦八苦しているのに、世界の3分の2を占める、まだ確たる社会福祉制度がない国々に高齢化の波が押し寄せることは、国の荒廃にも繋がりかねない。

国連の規定によると65歳以上人口が全人口の7%から14%に達した社会を高齢化社会と呼ぶ。また、14%から21%になった社会を高齢社会とするが、日本は24年間(1970年〜1994年)という人類史上に類を見ない短い期間に、高齢化社会から高齢社会へと進んだ。それどころか、現在の日本は、高齢社会がさらに深化した超高齢社会(65歳以上が人口の21%以上)に入る直前にあり、その対応に苦慮している。だが、それはどこの国も経験をしたことがない多くの実務的な知識を蓄積した国であるともいえる。

レポートは「高齢者全員に対する所得補償を行い、基本的保健医療・社会サービスの利用を保証し、高齢になっても障害を持たず、貧困に陥らずにすむ安全網を提供するために『ソーシャル・プロテクション・フロア』を実施しなければならない」と提言している。問題が深く大き過ぎて一朝一夕に実現する提言とは思えないが、日本が現在、緊縮財政の中でもがきなから実施している各種の高齢者対策は、これから高齢化社会を迎える国家群に絶好の教科書になるはずだ。

JICAは2007年から4年間、高齢化社会を迎えたタイで、「コミュニティにおける高齢者向け保健医療・福祉サービスの総合型モデル形成」と名付けたプロジェクトを実施したほか、今年3月まで草の根パートナー事業として、日本の民間支援団体と共同で中国・江西省で「高齢者介護要員養成事業」を遂行するなど、すでにいくつかの高齢化対策事業を実施している。ODA予算が縮小を重ねているとはいえ、地球の高齢化が抜き差しならない状況にきている現在、われわれが持つ経験を後続の国家群に伝えることは、人類に対する日本の義務であるともいえる。JICAにはもっと多くの高齢者対策事業を世界各地で積極的に展開して頂きたい。

地球に住む8億1000万人の高齢者の一人として、すべての高齢者が苦しみではなく、「長寿の配当」を楽しめる日が、1日も早くやって来ることを願ってやまない。