レヴァント地方は日が昇るだけの地域ではない

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.292 12 Dec 2012
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

シリアを巡る動きは、2012年が終ろうとしている今も解決の糸口が見えない。11月28日、ダマスカス近郊の町、ジャラマナで自動車爆弾が爆発、77人の犠牲者を出したのに続いて、12月4日には、ダマスカス郊外にある学校が反政府過激派組織とみられるグループの砲撃を受け、生徒や先生29人が命を失うなど悲劇は拡大する一方だ。一日も早くシリアに平和が訪れることを祈りたい。

この騒乱の中にあるシリアは、レヴァント地方と呼ばれる地中海の東岸に位置する国だ。地域の定義は歴史の中で変遷したが、現在、レヴァントと呼ばれる地域にはシリアのほか、レバノン、イスラエル、パレスチナ、ヨルダンがある。これら国・自治区の現状はお世辞にも平和に満ちていると言えない。それどころか、“紛争の火薬庫”の様相すらある角逐の地域だ。

中世以降、レヴァント貿易と呼ばれ、この地方が地中海の東方交易の拠点だったころは、平和で豊かな地方だったという。レヴァントはフランス語の「日が昇る」を指すREVERの現在分詞REVANTの英語読みだ。地中海西部にあたるアルジェリア、モロッコ、チュニジア3国を指す「マグレブ(Maghreb)」がアラビア語で「日没」の意味であるのと同様、地中海をすべてとした世界観の名残といえる。つまり、太陽が地中海東端のレヴァント地方から昇り、西端のマグレブ地方に沈むことで1日が終るということだ。当時のヨーロッパ、北アフリカ、近東に住む人たちにとってそれ以遠の土地は、自分たちとは縁が薄い別世界だったという証しでもある。

その後、大航海時代、さらに重商主義、帝国主義などの時代を経てヨーロッパ人らの世界観は広がった。そして、いつの間にか我が日本が彼らから「日のいずる国」という名称を賜るようになった。日本がレヴァント地方になったのだ。個人的には「日のいずる国」という名称は、希望に満ちていて気に入っているが、良く考えると、なぜわれわれの国が日の出の国なのかという疑問は、今も消えない。

世界地図を広げれば、日本の東にはニュージーランド、太平洋島嶼国などがあり、日本より先に太陽が顔を出す国は多い。そればかりか日の出の順番は、日付変更線を越えるか超えないかの判断であり、これらの地方の東にあるアメリカが「日のいずる国」であって少しもおかしくないという理屈(屁理屈?)も生じる。ついでに言わせて貰えば、西洋人、東洋人という分類も変だ。アメリカに居ればアジア人を西洋人、欧州人を東洋人と呼んでもおかしくないと思うのだが、これはいささか臍が曲がり過ぎか。

今更、事を荒立てても仕方がないが、地球のどっちが西で、どっちが東かはヨーロッパからの視点による。1884年にワシントンで開かれた国際子午線会議でこの基準は動かしがたい国際基準となった。大英帝国のグリニッジ天文台が世界の起点(経度ゼロ)であり、世界はそこから左右に西と東とが分かれる。

欧州の基準が世界基準になっているものは、夜明けの順番や東西の方向だけではない。世界の尺度は、ほとんどが先に近代世界を制した欧州人の着想が起点となっていると言ってもよい。

重さ、長さ、高さなど現在の国際基準となる度量衡も多くが欧州人によって作られたものだ。日本や中国で使われていた尺,寸、里、合、斗、升など固有の度量衡は、いつの間にか消えてしまった。他のアジア、アフリカ諸国なども同じ状況にある。最近もヨーロッパの国際標準化機構(ISO)の基準が工業分野の国際標準として広く採用されるなど、欧州主導は現在も続いている。政府開発援助(ODA)の世界でも欧米主体のOECD/DAC(開発援助委員会)が長い間、国際援助政策策定の主導権を握り、日本は欧米の教条的援助政策の強要に悩まされてきた。

基準というものは日常生活の中から産み出された知恵であり、人々の生活に密着した縁(よすが)でもある。それを外来のものに変えることは固有文化・思想の損壊にも繋がりかねない。残念ながら現代社会に生きるヨーロッパ系以外の人は、他人の尺度の中で生活することを余儀なくされていると言ってもよい。

たしかに欧州人が考えた基準には合理性があり、優れたものが多いことは認める。また、これらの基準がなかったら世界は一体化しなかったことも事実だ。だが、欧州的判断基準が政治や社会の運営にまで適用されると、それは時に禍根となる。10年ほど前、旧ソ連の国家群で起きた民主化ドミノや、昨年、北アフリカで続いた民主化運動がいずれの国においても根付かないのは、自国の実情に合わない欧米型民主主義を無理やり取り入れようとしたせいだ。

振り返ってレヴァント地方の話に戻ろう。シリアの問題がなぜ、硬直状態になっているか。一つずつひも解いていくと、欧米主要国が自国本位の利権絡みの政治基準で解決を図ろうとしていることが障害になっていることが分かる。

レヴァント地方は日が昇るだけでなく、日が沈む地域でもあるのだ。欧米主要国が自分たち尺度でだけでなく、地球を多方面から柔軟に見る目を涵養しない限り、レヴァント地方に昔のような平和は訪れないだろう。