安倍総理、ODA大綱の改正もよろしくお願いします

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.293 25 Dec 2012
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

海外で取材することが多くなった30代前半の新聞記者時代、ある夏、アメリカ西部に出張した。出向いた取材先で相手に名刺を差し出したところ、「あなたは日本人にしては珍しく長い名前ですね」と言われた。私の氏名は特に変わったものではなく、長いなどと言われたことはない。しかし、英字の名刺をつらつら眺めてみると、アルファベットで書かれた我が名字は「SUGISHITA」の7文字となり、このアメリカ人が指摘したように比較的長い名字であることに気付いた。この“異文化体験”をした後、私は日本人の名字をアルファベットに置き換えるのが癖になった。

総理に返り咲いた安倍さんは、アルファベットにすると「ABE」であり、たった3文字しかない。(余談だが、アルファベットの始まりのような総理の名字の英語表記は、外国人には相当変わった名字と映り、正しい発音にも苦労するだろう)。安倍総理だけではない。野田(NODA)前総理は4文字、菅(KAN)元総理も3文字、1代飛ばして麻生(ASO)元総理も3文字しかない。近年のこの傾向を見ると、総理の座を射止めるにはアルファベット表記で短い政治家が有利、という変なジンクスが生まれるかもしれない。ちなみに、日本の初代総理大臣である伊藤博文も「ITO」だ。

日本以外にも北東アジアの政治家には、中国の「HU」(胡錦濤)、「XI」(習近平)、韓国の「LEE」(李明薄)、「PARK」(朴槿恵)といった短いアルファベット表記の名字を持つ人がほとんどだ。アジアの著名政治家たちの短い名字が、北東アジアを同一視する傾向がある欧米人に日本人の名字も短いという誤解を与えているのかもしれない。

さて、ずいぶん長い前置きになったが、今回、本欄で言いたいことは名字の英語表記が長いとか、短いといった世俗話ではない。安倍新政権に対する私の個人的注文だ。新政権に対してはすでに溢れるほどの注文が出されている。だが、その多くは経済、貿易、エネルギー、外交、安全保障、社会福祉などの問題であり、ここまで私が知る限り政府開発援助(ODA)に関する目立った要望は聞いたことがない。

そこで、あえて本欄で安倍内閣のODA政策に注文を付けさせて頂く。援助関係者なら誰でも同じ要求をするだろうが、15年に渡って続いてきたODA予算の減額に歯止めをかけて欲しいというのがそれだ。日本の主要国際貢献策であるODAをこのまま縮小してよいのか真剣に考え、新たなODA政策を構築して貰いたい。このまま縮小を続ければ、いずれ国際社会から批判の声が高まることも留意すべきだ。もちろん、超財政難のこの時期にいきなりODA予算を大幅に復活しろ、といった稚拙な要望をする気はない。まず来年度は予算削減に歯止めをかけ、その後、景気動向に合わせて徐々に増額を望む。

しかし、やる気があれば今すぐに出来る改善もある。それは、日本のODAを時代に合った理念のもとで遂行する態勢づくりをすることだ。最近、ほこりを被っているが、日本のODA実施の基本理念を示したものは、政府開発援助(ODA)大綱だ。

ODA大綱は1992年に初めて作成され、2003年に一部が改定された。過去の大綱の内容はそれぞれの時代の国内、国際情勢を反映している。最初の大綱が作られた1992年当時、国内では、まだ予算が増加を続けていたODAに対して「理念がない」「税金の無駄遣い」といった国民の批判があった。だから、大綱はODAがいかに無駄なく崇高な目的で遂行されているかを強調している。国際的には冷戦が終焉、世界の安定には民主主義と市場経済の定着が欠かせないという観点から、日本のODAも民主化支援と市場経済の普及に重点を置くことを主張している。

改定された当時の国内は、長引く不況で対外援助に疑問を持つ国民が増えていた。そこで、「ODAは国際社会の平和と発展に貢献し、これを通じて我が国の安全と繁栄に資する」と、ODAが国益にも繋がることを明記して国民の理解を求めている。国際的には2001年のニューヨーク同時多発テロ事件、それに続くアフガニスタン紛争といった不安定化した国際情勢に対応するODAの実施が日本外交の急務だった。そのため、大綱にも「多発する紛争やテロを予防し、平和を構築する」などの文言が多用されている。

だが、10年後の現在、ODA大綱を読み返してみると、時代に合致しない部分も増えている。テロや地域紛争が無くなったわけではないが、ODAを使って元兵士の武装解除、動員解除、社会復帰(DDR)などを重点的に取り組む必要はあるのか、中国が巨龍化した現在、日本のODAを活用して東アジア地域の経済連携強化を図ることは可能なのか、など首を傾げる記述もあるのだ。また、政策立案・実施では「JICA、JBICの役割、責任分担を明確にしつつ…」など、JICAと旧JBICのODA部門が別組織のままだ。

イギリスが2015年をもってすべての対インドODAを停止すると発表したように、ODAは時の流れに素早く合わせて実施されなければ無駄が出る。現行のODA大綱には現在も守るべき理念が多々記述されており、根本から書き直せと言うわけではない。だが、時代に合わない部分は一日も早く改正すべきだ。

新たな大綱の基本理念となるのは多極化、無極化した国際社会の中で、日本独自の国際貢献策を発信するODAの実現だろう。