ダンプカーの助手席に乗っていた女児を見て考えたこと

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.296 18 Feb 2013
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

先日、都心に建設中のビルの脇を歩いていたら、前方からゆっくりと歩道に寄ってきた中型のダンプカーが私の前で停車した。目前のダンプカーの運転席に目をやると、2,3歳の女の子が助手席のチャイルドシートにチョコンと座っているのが見える。日中、都会の工事現場のダンプカーに女児が乗っているという風景は、あまり見たことがない。不思議に思って目を左に移すと、そこには女児の母親と思われる茶髪の若い女性がハンドルを握っていた。きっと子育て中の若いママなのだろう。

運転席に並んで座っている母娘の姿は、寒風が吹く味気ない工事現場の風景の中で、そこだけ浮いたようにほっこり暖かい。和やかな空気が流れ、別世界を形成しているようだ。私は運転席の横を通り過ぎる際、つい女の子に小さく手を振ってしまった。

こちらの勝手な推測で申し訳ないのだが、目的地に向かって歩きながら「あの子は保育園入園を待っている待機児童ではないか」、「若いママは、幼い娘を預かってくれる場所が見つからず、やむを得ず仕事に連れてきたのではないか」などと考えてしまった。

保育園に行けなくても、大好きなお母さんと一日中、一緒に居られる女の子は幸せかもしれない。しかし、育児をしながら、ダンプカーの運転という体力的に厳しい仕事を、男性に混じってこなしている若い母親には、数多の苦労もあるだろう。頑張るお母さんの背中を押してあげたい気持ちになって振り返ると、ダンプカーはすでに鉄板の囲いの中に消えていた。

その翌日の読売新聞に、女性弁護士から初めて最高裁判事に就任した鬼丸かおるさんを紹介する記事が掲載されていた。鬼丸さんは優秀な弁護士として法廷で活躍しながら、3人のお子さんを育てたという。「夕方、裁判所から保育園に迎えに行き、寝かしつけた後、夜中に書類を広げる日々」、「そうやって育てた長女が今は裁判官」などと書いてある。ダンプカーの運転手、弁護士〜最高裁判事と職業は違うが、働くお母さんという立場は同じで、どちらも優しくかっこ良い。

育児と仕事を両立しながら、頑張る若いお母さんは全国各地にたくさんいる。しかし、なかなか真の男女平等社会を実現できない日本社会では、彼女たちが働く職場の環境は至る所に不備があり、出産後も働き続ける人は少ない。働く能力と意欲があっても、就労環境が整わないため、働くことが出来ない人が多いのだ。

子どもを持つ母親の就労のバリアの一つとなっているのは、勤務中、子どもを預かってくれる施設の不足だ。政府が統計に使用する待機児童の定義は、「認可保育園(児童福祉法では保育所)への入園を希望しているが、入園出来ない児童」となっている。公式にその数は2万5千人前後とされるが、正確には把握できていないという。なぜかというと、親たちが保育園の数が不足していることを知っているので、最初から諦めて入園手続きをしないからだ。こうした潜在的待機児童の数は、300万人を上回るという専門家もいる。いくら保育園を増設しても、待機児童の数は減らないという現状がその証拠だろう。

昨年8月、民自公で合意した税と社会福祉の一体改革の中には、子ども・子育て関連3法の成立も含まれている。安倍内閣も約7千億円の予算を計上して子育て支援策の実行を約束しているが、幼稚園と保育園の一体化、民間企業の参入など待機児童の解消までには、まだ残された課題が多い。若い母親が安心して働ける日本社会の実現には、もう少し時間がかかりそうだ。

各種の国際機関が発表する国の総合評価で、日本の順位を下げている最大の要因は、女性の社会進出度の低さであることは周知のことだ。世界経済フォーラムが行った2012年の世界の女性の社会進出度調査によると、日本は135か国中、101位だという。日本の現状を知る身としては,この屈辱的な順位も妥当なものと納得せざるを得ない。

JICAなどの仕事でアジアやアフリカの途上国に赴いた時、政、官、民の組織の重要な地位に女性の姿が多いことに驚かされた経験が何度もある。前述の世界経済フォーラムの調査でもフィリピンは8位にランクされている。しかし、途上国の働く女性の職場環境を精査すると、一部のエリート層以外は決して恵まれたものではない。大半の女性は、生きてゆくために劣悪な環境の中で仕事、家事、子育てなどを必死にこなしているのが実情だ。

昨年末、国際通貨基金(IMF)のラガㇽド専務理事は日本経済活性化の切り札として、女性の就労拡大を助言した。これは日本にだけ当てはまるアドバイスではない。途上国の経済開発にも女性の力は欠かせない。女性の社会進出度101位の国が、途上国の働く女性の環境改善を支援するというのも、いささかおこがましいが、共に歩むという視点に立って途上国女性の社会進出を支援するODAをもっと増やしてみてはどうだろう。JICAはすでにフィリピンで女性の職業訓練、技術教育などの事業を実施しているが、さらなる支援の輪の拡充を図ってもらいたいと思う。

私が路上で出逢ったダンプカーの助手席の女の子が働く女性になる頃には、日本、そして途上国の働く女性の環境が今よりずっと整備されていることを熱望する。