アテネ人を驚かすか?プーチン大統領の統制民主主義

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.297 1 Mar 2013
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

先日、暇があったのでオバマ大統領が上下両院合同本会議で行った2期目の一般教書演説(2月13日)をじっくり読んでみた。内容はすでに新聞等で報道されているように、経済、社会福祉、教育、環境問題などに重点が置かれている。だが、当然ながら外交政策についても言及しており、そこでは「普遍的な人権を求める全世界の人たちのため、民主化の着実な進展を支援する」(筆者抄訳)という近年のアメリカ大統領一般教書演説に必ずといって良いほど出てくる一節も入っていた。

オバマ大統領演説の約2週間前には、こちらも2期目となる安倍首相の所信表明演説が衆参両院本会議で行われている。首相の演説も経済に重点が置かれたものだったが、外交・安全保障のくだりでは、「自由、民主主義、基本的人権、法の支配に立脚した戦略的外交の展開をする」という一文があった。

日米両首脳が重要演説の中に「民主化」や「民主主義」という文言を入れるのは、主要民主国家のリーダーとして当たり前のことで違和感はない。だが、民主国家の指導者たちが民主主義の素晴らしさを謳いあげた冷戦終焉直後の演説に比べると、今回、両首脳が民主主義について触れた部分は、いささか迫力が足りない感じだ。近年、先進国において民主主義の負の部分が目立っているせいではないかと思う。

民主主義の起源は、紀元前507年にギリシャの政治家クレイステネスが行った「陶片追放(オストラキスモス)」など一連の政治改革だとされる。民主主義の起源には諸説あるが、私は自分の経験値から、「クレイステネスの改革」を民主主義の原点だと信じている。個人的経験というのは、1992年、当時勤めていた新聞社がイギリスの「インデペンデント」紙の呼び掛けで、世界の主要紙と共催した「民主主義誕生2500年記念エッセイコンテスト」の取材を担当して、各国の若者とアテネの民主主義をギリシャ各地で検証して歩いたことだ。この時の見聞で、クレイステネスが初めて民主主義を具象化したと理解した。

もっとも、「陶片追放」はその後、衆愚が政治を動かす欠点を露呈して、アテネの政治を衰退させたことでも知られる。民主主義の定義の中に「国民(デーモス)が支配(クラティア)する政治形態」があるが、国民という名で括られる集団の無名性が、政治の衰退を招く一因にもなったのだ。

クレイステネスの民主主義が誕生して今年は満2520年ということになるが、実際に世界の主要国に民主政治が根付いたのは、せいぜい200年ほど前の事であり、意外に歴史は浅い。日本も真の民主国家の形態を整えたのは、戦後になってからと言っても良いだろう。世界に目をやっても民主国家とされるのは、日米欧などの20数か国しかない。そればかりか「民主主義とは何か?」と問われて、確答できる政治学者もあまりいない。

20世紀まで、民主主義は本家である英国のウェストミンスター・デモクラシーを抽象的モデルとすることで事足りた。しかし最近は、先行した民主国家の中で「ポピュリズム」、「決められない政治」といった、この政治制度が持つ欠点が露呈し、民主主義への疑義が大きくなっている。

民主主義は政治を停滞させる、という認識が世界の為政者の中に広まり、最近は修正型民主主義ともいえる政治形態を模索する動きが各所に見える。昨年12月、大統領復帰後初の年次教書演説を行ったロシアのプーチン大統領は、政府が統制するロシア型民主主義という未聞の政治形態の実行を打ち上げた。政治は国民が支配するだけでなく政府も管理できるというのだが、これを民主主義と呼べるのか、異議も多い。はっきり言えるのは、エリツィン時代の民主化への反省と、先進民主国家の迷走ぶりがプーチン流民主主義を産み出したということだ。

ミャンマーのテイン・セイン大統領も、しばしば民主国家に移行する過程のミャンマーに相応しい政治形態として「規律ある民主主義(Disciplined Democracy)」という言葉を使っている。移行期にある国家がいきなり完全な民主主義を導入すると、逆に混乱を招くという観点からの発想だ。古くは独立直後のアフリカ諸国、最近では「アラブの春」の迷走を他山の石としているようだ。

行き詰った民主主義を蘇生させようという動きは先進国の中でも芽生えている。最近、耳にするのは「熟議民主主義(Deliberative Democracy)」という言葉だ。相手を論破するのではなく、考え方の違う人同士がよく話し合い、その中から最善の政策を紡ぎ出すというが、熟議民主主義の概念だという。だが、話し合いの中で必ず正則が勝つとは限らない。国造りの過程にある途上国のリーダーたちが、手間のかかる意志決定方法に興味を示すかどうかも疑問だ。

チャーチルの言を待つまでもなく、民主主義は欠点だらけの政治形態であることに間違いないが、同時に現状において最善の政治形態であることも確かだ。中国のように民主化しないまま、経済だけが肥大した跛行(はこう)国家の増殖は、世界の平和と安定を乱す。ポピュリズムの蔓延など日本自体が民主主義の危機にあるが、途上国に民主主義を定着させるという民主化支援ODAは、第2の中国を作らないためにも絶対に必要だ。日本は自分たちの民主政治の弱点を是正しながら、途上国の民主化を応援する国際協力の実施を怠ってはならない。