アメリカは軍事からODA重視に変わるのか?

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.299 19 Mar 2013
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

友邦国アメリカの新国務長官を悪く言う気など全くない。批判するもなにも、ジョン・ケリー氏は、会ったこともなければ、話をしたこともないはるかに遠い雲の上の存在だ。だが、これだけ長く国際社会で活躍してきた著名な政治家だから、同氏がマサチューセッツ州選出の上院議員だったこと、2004年大統領選の民主党候補であったこと、それにベトナム戦争の英雄であり、かつ、除隊後はベトナム反戦争運動に深く関わったリベラルな政治家であることぐらいは知っている。

前言を翻すことになるが、正直に言おう。その程度の知識しかないのに、実は私はケリー長官をずっと苦手なタイプの政治家だと思ってきた。その理由は誠に浅薄なもので、長官の容貌だ。写真や映像で見る長身の上に乗った長い知的な顔が、私には冷徹そうに見える。人の顔の好みは様々だから、ケリー長官をハンサムな政治家という人が多いことも知っている。だが、自信に欠ける私などは顔をみただけで、劣等感が芽生えてしまうのだ。

それは別として、もうひとつ、私がケリー氏にネガティブな印象を持ったのは、親中派だという噂だ。もっとも、こうした風説は信用できないもので、前任のクリントン長官にも就任時、同じ噂があった。だが、クリントン長官は、尖閣諸島を巡る日中論争の際、明快に日本を支持する姿勢を示すなど、任期途中からは中国にもものを言う国務長官という評価が定まっていた。だから、ケリー親中説にも疑問を持っているが、長官の対中政策はまだ、分からない。

そのケリー長官が率いる新たなアメリカ外交を予見する就任後初の外交演説が2月20日、バージニア州シャーロッツビルのバージニア大学で行われた。余談ながら、同大はアメリカの初代国務長官(第3代大統領)トーマス・ジェファーソンが創立した大学だ。ケリー長官の演説は、環太平洋経済連携協定(TPP)や、イランの核開発問題などにも触れたが、援助関連部分を抜き出すと以下のようになる。

「多くのアメリカ人は、我が国の外交関連予算が国家予算の25%ぐらいを占めると思っているようだが、実は約1%しかない。国務省はこの少ない予算の中で海外の大使館を維持し、アメリカの民主的な価値観を世界に広め、一方、途上国において村落開発、子どもたちへの安全な水の供給、エイズからの感染防止など多岐にわたる活動を繰り広げている」

「ロナルド・レーガン大統領も嘆いたように、アメリカの有権者は対外援助に無関心で、援助には多額の費用がかかると誤解している。国務省の予算は国防予算の約20分の1しかなく、対外援助にはそれほどの予算を投じていない。われわれは援助に対する国民の誤解を解き、内向なアメリカ人の関心を世界に向けるよう努力する必要がある。人々に国際協力が彼らにより安全な日々を提供することを知ってもらいたい」

「われわれの対外援助の最終目的は、相手国国民の能力を開発し、アメリカの良き交易相手国となることを促すことだ。現在、アメリカの貿易相手国の上位15か国のうち、11か国はアメリカの援助を受け、市場環境を整備した国であることを誇りに思う。過去10年にわたり米国国際開発庁(USAID)が中心となって行ってきた対ベトナム援助によって、アメリカからベトナムへの輸出が7倍に増えた。それは同時に7倍の雇用をアメリカ国内に産んだということだ」

このほかにもケリー長官は、アメリカの援助がアフガニスタンの民主化など、世界の安定と平和に大きな成果を挙げたことなどを語っていた。

このように開発援助の重要性を強調した長官演説の裏には、3月1日から実施されることが危惧されていた連邦政府歳出の強制削減がある(その後、与野党の発動回避交渉が決裂して1日から発令された)。強制削減制度の発動により、早期収拾策が合意されない限り2021年度までの10年間、国防費を中心に教育、福祉などの政策経費が削減される。長官が海外援助の重要性を力説したのは、国務省監督下にあるUSAIDの活動成果を国民に訴えたかったこともあるだろうが、それよりも、軍事偏重から経済協力重視というアメリカの対外政策の質の変換を示唆したのではないだろうか。

強制削減発動によって、従来の潤沢な軍事費をバックにしたアメリカの世界戦略の維持が困難になることを予見、軍事行動に比べ少ない予算でアメリカの存在感を維持できる開発協力に重点を移すということだ。

OECD/DAC(開発援助委員会)の資料によると、2010年〜2011年のアメリカの政府開発援助(ODA)実績は300億ドル超で推移しており、過去10年間以上、ダントツのトップ・ドナーだ。一方、国防支出は6700億ドルを超える(2011年、英国戦略研究所、ミリタリー・バランス資料)。トップ・ドナーとはいえ、軍事費の22分の1以下の予算で軍事費削減によって失われるアメリカの国際責務をすべてカバーすることは、無理だろう。しかし、アメリカがODAという平和的な国際貢献策を重視することは大賛成だ。

ケリー長官は演説の中で「アメリカの評価を高めるのは、兵士よりも、外交官を派遣するほうが効果的だ」とも言っていた。どんな台所事情があるにせよ、反戦活動の経験を持つリベラル派の政治家らしく援助に深い関心示してくれたことは、開発協力に関わる人間の一人として嬉しい。

ケリー長官の顔がいくらか丸くなって、暖か味が浮かんできたように見えたのは、一人よがりの反応だろうか。