邦画も良いけど、洋画も見よう

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.300 9 Apr 2013
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

先日、映画「リンカーン」を観てきた。以前、小欄にも書いたように、かつては映画狂少年だった私だが、最近、映画館に足を運ぶことは滅多にない。今回も所属する日本記者クラブでの試写会が無料であったことと、当夜、別の会合があったのでそれまでの時間潰し、というのが鑑賞の主な理由だった。巨匠スピルバーグ監督にはまことに申し訳ない動機だったと思っている。

そうは言ってもこの映画は、観に行きたいと思った数少ない映画の一つであったことも事実だ。関心を持った理由は、主演のダニエル・デイ=ルイスが2月にアカデミー主演男優賞を受賞するなど、公開早々、アメリカで話題となった映画であること。いや、それ以上に私が日頃からリンカーン大統領に持っている尊敬の念が大きかった。

米国第16代大統領エイブラハム・リンカーンといえば、奴隷解放の父であり、「人民の…」で有名なゲティスバーグ演説(1863年)を行った大統領であり、世界中の誰もが知る政治家だ。われわれも子供時代から"偉い人"と教えられ、信じてきた。稀代の英雄といえども死後の評価は毀誉褒貶することが多い。リンカーン大統領にも「奴隷解放にはあまり関心が無く、南北戦争の本当の狙いは連邦を救うことだった」(K・Cホーイア著 リンカン 岩波新書)などという見解もある。だが、映画「リンカーン」の惹句にもあるように「最も愛された大統領」であることには間違いなく、死後150年を経ても揺るぎない人気を持つ珍しい政治家といえる。

映画「リンカーン」は、大統領の人物、政治手法を地道に追ったノンフィクションのような映画で、南北戦争当時のアメリカの政治、社会情勢などを伺い知る名画だ。その夜、家路を歩きながら、「映画はやっぱり素晴らしい」と独り言を言っていた。

ところで、この映画は言うまでもなく洋画である。昔から映画には邦画と洋画という分類法があるが、意外なことに邦画と洋画のはっきりとした分類規定はないらしい。国内の配給経路でなんとなく邦画,洋画が区分けされてきたという。最近はアジア製の映画が増えてきたことで、邦画、洋画、アジア映画という区分けをするレンタル店などもあると聞く。

昨今の邦画と洋画の趨勢だが、邦画の人気が高まっているのに対し、洋画の人気は今ひとつらしい。日本映画制作者連盟(映連)が2013年1月末にまとめた2012年日本公開映画の興行収入は、邦画が1281億8100万円で、映連が興行収入の発表を開始した2000年以降の最高を記録したのに対し、洋画は前年よりも17・9%減って670億900万円にとどまった。こちらは2000年以降、最低の数字だという。

邦画は1位の「BRAVE HEART 海猿」が73.3億円、2位の「テルマエ・ロマエ」が59・8億円、3位の「踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望」が59億円を稼いだ。一方、洋画は「ミッション・インポッシブル/ゴースト・プロトコル」だけが50億円を超える(53・8億円)興行収入を挙げたが、これに並ぶ大ヒット作がなかった。(数値はいずれも文化通信の資料より)。洋画の興行収入が減少した原因として、前年に公開された「ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2」のように96億円も稼いだ大ヒット作がなかったからとする評論家もいるが、映画ファンの洋画への関心の低下を挙げる人も多い。

戦後の疲弊の中にあった世界中の人々に、夢と希望を与え続けていたハリウッド映画の全盛期に比べ、最近のアメリカ映画の魅力は確かに落ちている。あくまで素人の考えだが、アメリカ映画は人気シリーズの連作に頼るか、CGを多用した荒唐無稽のアクション映画、ファンタジー映画の多作で、本来の映画の良さを見失っているような気がする。CG画面に慣れた最近の若者には、高度な技術を駆使してさらに過激な画面を作っても、もはや以前のような刺激的な映像ではない。つまり、あまりにも現実と乖離した映画が飽きられているのではないだろうか。

それはともかく、個人的にはもっと気になる理由がある。もう聞き飽きたことだが、日本人の内向き志向だ。われわれの世代が洋画に熱中した理由の一つに、画面を通して垣間見える外国の姿があった。海外に行くチャンスなど滅多にない時代にあって、映画はまだ見ぬ外国の町を歩き、外国人、異文化に接する絶好のチャンスでもあった。映画から見える異国の社会が非現実のものとは分かっていても、一度は行って見たいと思う魅力的な光景だった。

若い頃から頻繁に海外旅行に行き、仕事で海外暮らしをする人が増えた今、映画を通さなくても世界は良く見える。だから、海外遠望という映画のもう一つの魅力が薄れていることは分かる。しかし、世界にはまだまだわれわれが知らない広大な空間が存在している。将来、途上国など海外で活躍しようと思っている若者には、日本人とは異なる志向回路を持つ人たちのロジックを勉強する機会にもなるだろう。また、昔に見たことがある映画の話題は、重要な国際コミュニケーション・ツールになることが多い。

日本の映画産業が興隆することは喜ばしい。だが、もう少し洋画も見て海の向こうの世界に夢を馳せる時間も作って貰いたい。開発関係の仕事を目指す人には、やはりアフリカや中近東などを舞台にした映画の鑑賞をお勧めする。映画は時空を超えて未知の社会にわれわれを誘ってくれるドラえもんの「ひみつ道具」なのだ。