ボルシチ、ピロシキ以外のロシア料理も食べてみよう

注)本コラムは筆者の個人的見解を示すものであり、JICAの公式見解を反映しているものではありません。

vol.302 14 May 2013
フリージャーナリスト 杉下恒夫氏

4月末からゴールデン・ウィークにかけてロシア・中東を歴訪した安倍首相は、最初の訪問国、ロシアでのプーチン大統領との会談で、平和条約締結を目指し北方領土交渉を加速させることなどで一致した。

隣接する中、露、韓との領土問題を抱える日本だが、感情的な対応に終始する中国、韓国との交渉は後回しにして、とりあえずロシアと前向きな話し合いをしようというのが政府の思惑なのだろう。日露両首脳の発言にもあるように、領土問題を一気に解決する魔法の杖はない。じっくり話し合い解決の道を見つけ、そう遠くない日に日本の国土が戻ってくることを期待したい。

中国、韓国との距離が遠のいたせいか、同じ隣国でありながら、これまで日本人の関心が薄かったロシアが、最近、身近になってきたようにも見える。日露戦争の敵国、東西冷戦時代の超大国など明治以降、日本人の対ロシア観は、非友好的な強権国家という印象で固定されてきた。大きくて野卑なヒグマを擬人化したロシアの国家像が、日本人のロシア観を具象してきたとも言える。ロシア料理といえばボルシチ、ピロシキ、ビーフストロガノフ…あとが続かない日本人のロシア料理の知識とも相似する。

日本人が見落としているロシアの実像の一つに、国土の3分の2がアジア地域(ウラル山脈の東側)にあり、世界で一番長い太平洋に面した海岸線を持つ国であるという地勢がある。私もある書物で「世界一長い太平洋に面した海岸線を持つ国」という事実を知ったが、すぐには信じられず世界地図をひっくり返して眺め、確認したほどだった。ロシアはアジア・太平洋の国家でもあり、中、韓とともに隣国として安定した関係を築かなくてはならぬ国なのだ。

しかし、現在のロシアは日本と同じ価値観で語れる民主国家ではない。なにより、政策決定の透明性が欠如している点が気に懸かる。マスコミやNGOに対するプーチン大統領の強圧的な態度もロシアの民主度を疑う原因の一つだ。エネルギー資源の輸出に頼る単純経済も危うい。ロシアを西欧先進国型の国家基準に当てはめると、全く異質の国家と言えるだろう。

振り返って日本の国家像を考えると、欧米諸国から同質の国家と思われていない部分が多々あるような気がする。明治維新以来、ひたすら脱亜入欧の道を歩み、今では数多の欧州諸国よりも遥かに進化した西欧型民主主義が定着、グローバル経済を発達させた国であるのに、欧米から見ると未だに異質の国なのだ。開発協力の分野においても、冷戦崩壊後、東欧の移行国に民主化、市場経済化支援ODAを実施、今も一部の国に技術協力を続けているが、G7(主要国首脳会議)や、OECD/DAC(開発援助委員会)などの場で、唯一の非欧米国だった日本は、何かと不条理な思いをさせられてきた。

この西欧との距離という点で、日本とロシアには類似点がある。18世紀初頭までのロシアは、欧州東方の辺境国家であり、一段格の低い国家と見なされてきた。17世紀末からのピョートル大帝の西欧化改革によって欧州の大国の仲間入りはしたが、東方の後発国というロシア蔑視の風潮は、21世紀の今も完全に払拭されてはいない。こちらも日本同様、西欧に強い憧れを持ちながらも、真の仲間には入れて貰えなかったという苦い歴史を持つ国家なのだ。

同じような国は他にもある。代表的な国は今回、安倍首相が訪問した中東の大国トルコだろう。20世紀初め、ケマル・アタチュルク大統領によって大胆な欧化政策を断行、近年は自国をヨーロッパ圏にあると主張するトルコだが、欧州共同体(EC)時代から熱望してきた欧州連合(EU)加盟問題では、加盟候補国にはなったものの、何かと異質な点が指摘され、正式加盟の道が拓けない。真の欧州国家になれない苛立ちのせいか、最近は国是である世俗主義の影が薄れ、イスラム回帰の傾向が顕著だ。もう一つ、欧州になれなかった国を挙げれば、それはオーストラリアだ。20世紀半ばまでは、入植した英国・欧州への望郷の念が強かったが、いつまでたっても欧州と同等の国として扱って貰えず、結局、今ではアジア・太平洋国家としての道を歩み始めている。

西欧という20世紀国際社会の上流階級には入れて貰えなかったが、途上国とも違う中二階的近代史を持つ諸国に共通する微妙な世界観は、今後、相互の友好を醸成する絶好の土台になるだろう。すでにトルコと豪州が屈指の親日・知日国家であることは、その証明とも言える。日、豪、土に露を加えた異色の"中二階連合"が、欧州史観を超えた新たな世界基準を構築する意気込みで協力体制を築き上げれば、国際社会に強いインパクトを与えることは必至だ。中、露がリードする「上海協力機構(SCO)」を通じて、ロシアと協調した中央アジアやイランなどへの政府開発援助(ODA)を模索するのも良いだろう。

過日、ロシアで料理の修行を積んできた友人のご子息が、東京・吉祥寺で経営するロシア料理の店に行って夕食を楽しんだ。驚いたのはロシア料理の多様さだった。多くの日本人がボルシチやピロシキ以外のロシア料理も食し、真のロシアの姿を胃袋で理解すれば、腹の底に残るロシア嫌いの心情も少し和らぐのではないだろうか。